綾瀬絵里27歳。 
独身。 
高校教師(生物)。 

「はぁ」 

今日も一仕事終え、お家に帰る。 

気づけば27歳。恋愛経験ゼロ。 
Hはおろか、キスの経験さえない。 

そのくせ、凛(中学教師)、花嫁(幼稚園の先生)との3人で開かれる先生会(凛がそう名づけたのだが)では、恋愛マスターえりちとして通っているのだから、どうも居心地が悪い。 

恋愛をまともにした事が無いのに、2人に恋愛のアドバイスをするのである。 
ああ、なんと嘆かわしい事か。 

そもそも、恋愛マスターなどと言われたのには訳がある。 

この私、綾瀬絵里はモテるのである。 
それはものすごく。 

男子生徒はもちろん、同僚まで 
はたまた女子生徒にまでそれはもうモテモテモテ子なのである。 

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さらには、学校説明会や三者面談などでは、保護者に失礼が無いようにスーツを着るのだが、 
そのスーツ姿が破廉恥だと苦情がくるくらいである。 

おかげ様で、説明会や面談ではやたら鼻の下を伸ばした生徒の父がプライベートな質問ばかりしてくる始末となってしまった。 

やれ、先生の趣味だ。 
結婚はしないのか、などとセクハラギリギリの質問ばかりしてくる生徒の父親。 

普通なら、然るべき所に訴えるべきであるが、校長や教頭に訴えても、その格好が悪いなどと指摘を受けるだけ。 

もう、激おこぷんぷんぷんぷん丸だと 
先生会で愚痴っていたところ(まあ2割くらいは自慢だったのだが)2人に恋多き女、恋愛マスターなどと言われるようになったのである。 

とまあ、月に十数回は告白を受ける日々(男子生徒はとくにしつこい)なのだが、これといっていい人がいないことや自身に恋愛経験が無いことから断り続けてきたのである。 

北風がピュウと吹く。 
2月上旬といえど、まだまだ寒い日々である。 
早く帰らねば。 

ああ、そろそろバレンタインが来てしまう。 
どこからかチョコ好きだとバレてしまったのか、 
山のようにチョコを貰う日が。(まぁ、中々嬉しいのだが)あの時期は3年生の女子からのアプローチが恐ろしいのである。 
乙女の日とはよく言ったものだ。 

それにしても誰かいないものか。 
せめて、せめて恋愛経験ゼロで三十路を迎えるのだけは避けたい。 

ああ、もう。 
近くに転がる石ころを蹴飛ばす。 
この蹴った石が、バタフライ効果を生んで私にいい人を見つけてくれないものか。 

ころころと転がる石は曲がり角へと進み。 
そこから出てきた人の前で止まった。 

「あら、エリーじゃない」 

石が医師の前で、すとーん。 
我ながらつまらないことを考えてしまった。 

「久しぶり、仕事おわり?」 

久しぶり。と言葉を返す。 
実際かなり久々である。 
毎年μ'sのメンバーで集まることになっているのだが、彼女は去年来なかった。 
それもそのはず、彼女は美人作曲家として、今テレビにひっぱりだこだこなのである。 

もともと、大学生時代から作曲を続けていた真姫。 
そこそこ有名だったのだが、医学部在学というインテリ要素+お嬢様ということで注目され、 
今ではタレントとしても活躍中なのである。 

医師免許も勿論取得しているため、売れなくなっても大丈夫という二段構え。 
スタイルも抜群であることからファンからは写真集を熱望されている(私もその一人なのだが)超有名人なのである。 

「もうご飯、済ませた?」 

「いや、まだよ」 

久々に会ったのだ。 
ご飯くらい食べに行こうということになった。 

むむっ……。 
パッと思い付くのは居酒屋。 
しかしそんなところに真姫を連れていくわけにはいかない。変装もしていなければ、真姫を隠すための人も十分に居ないのだ。直ぐにバレてしまう。 

何より、外で飲んで誰か知り合いと真姫と一緒にいるところを見つかりたくないのだ。 
というのも私は過去にアイドル活動なるものをしていたことを隠していたからに他ならない。 
生徒や同僚に、当時の姿を見られるのは無理無理かたつむりなのである。 
密かに真姫のμ's時代の映像がテレビに流れるたびにバレるなバレるなと念を送っていたのであった。 

しかし、飲みたい。 
今日は、とにかくビールを飲みたいのである。 
うーん、と頭を捻ってから一つの結論に達する。 

「私のうちに来ない?」 

どうやら真姫も自分が有名人である自覚はあるらしい。助かるといっていた。 

近くのお店でお弁当を買って帰る。 
今から作っても時間がかかるし。 

そこから少し雑談しながら、家へと向かう。 
てくてくと歩きながら、一つ考える。 
これは凄いことなんじゃないか。 

何故なら、このモテモテの私とモテモテであるだろう真姫のツーショット。 
世の男性、いや女性も卒倒してしまうくらいのオーラを放っているんじゃないかと思い、少し鼻が高くなる。 

ふふん。と得意げな顔をしていると真姫からどうしたのかと聞かれた。いや、失敬失敬。 

兎にも角にも家に到着した。

ガチャリと鍵を開ける。 
マンションの3階、角部屋。 
1人で住むには広すぎる気もするが、広々とした空間が気に入っていた。 
先生会がこの部屋で行われることもあり、部屋はいつ来客があっていいように最低限掃除はしていた。 

「おじゃまするわ」 

そういえば、真姫を入れるのは初めてである。 
広いといえど、μ'sメンバーが全員入ると流石に狭いため、μ'sが集まるときは専ら真姫の部屋(この間の集まりは希の家だった)と決まっていたからだ。 

とりあえず、お酒ね、と真姫をリビングに案内してから冷蔵庫を開ける。 

発泡酒に手を伸ばそうとして辞める。 
相手はあの真姫なのだ。ブルジョアなのだ。 
その奥にあるビールを手に取る。 

一週間に一度のプチ贅沢用。 
ちょっとお高いのビールなのだが、致し方あるまい。 
もっとも、彼女には高級ワインのようなものが似合うのかもしれないが、そんなものは家にない。 

何本かそのビールを手に取り、真姫の元へと戻るのであった。 

「かんぱーい」 

グビグビとビールを喉に流し込む。 
あぁ、うまいっ。 
真姫もグビグビと飲む。 
見た目と裏腹に意外と飲みっぷりがいいことのである。 

人で飲んで、色々とお話しをする。 
芸能界の事とか、ほかのメンバーの近況。 
どうやら、花陽と凛とは頻繁に連絡を取っていたらしく恋愛マスターえりちのことがバレていた。 

……あの2人。 
まあ、もともと先生会は真姫、凛、花陽の3人て構成されていたが、真姫が忙しくなったために私が代わりに入ったという経緯があったのだが。 

どうやら、真姫はイマイチ恋愛が分からないらしい。告白は良くされるようだが。 
しかし、そんなことを私にいわれても困るのである。私だって恋愛は分からないのだ。 

「少し暑くなってきたわね」 

適当に話を合わせていると、真姫が不意に上着を脱いだ。 

わぉ。ぼんきゅっぼんとかいうやつである。 
昔はきゅっきゅっぼん、といった感じだったのであるが、それは昔。 
年相応に成長を重ね、今はまごうことなき、ぼんきゅっぼんなのである、ぼんきゅっぼん。 

まあ、私もぼんきゅっぼんなのだが。 

しかしこの娘、何本もビールを飲んでいるのに中々酔っている様子を見せない。 
思い出すと、みんなで飲んだときもあまり崩れたところを見せたことがないのではないか。 

「追加、持ってくるわね」 

酔わぬなら酔わせてしまえ、ホトトギス。 
とっておきのビールだということも忘れ、真姫を酔わすためにおつまみも持参して戻るのであった。 




───チュンチュン 

「ん……?」 

小鳥の鳴き声と朝日が耳に目に染みる。 

……しまった。 
ミイラ取りがミイラになるとはこういうことか。 
とりあえず、起きないと。 

ふにゅ。 
ふにゅふにゅ。 

ん?手に知ってるようで知らない感触が伝わる。 

わぉ。 
布団をめくると目の前にぼんきゅっぼんが広がっていた。 

何、この状況? 

気づけば、真姫も自分もすっぽんぽんの状態で一緒に寝ていたらしい。 
ぼんきゅっぼんで、すっぽんぽん。 

いやいや、そんなこと考えてる場合じゃない。 
とりあえず隣ですぅすぅと眠る真姫を起こすのであった。 

「責任……とってよね?」 

どうやらやってしまったらしい。 
どんだけなんだ、酔った私。 

どうやら、恋愛経験ゼロの私は一晩でとんでもない壁を越えてしまったらしい。 
どうしたものか、ベルリンの壁崩壊並みの衝撃である。 

そもそも、真姫を酔わすことなど無理無理かたつむりだったのである。 
何故なら彼女は医者なのだ、酒の飲み方など余裕のよっちゃんだったのだ。 

真姫も恋愛経験は無かったらしく、相談を私にしていると突然押し倒されたとか。 
ふむ、酔った私こそが恋愛マスターなのであった。 

しかし、これはどうなのだろう。 
経験はあるのに記憶にないとは。 
これは喜んで良いものか、いや、その前に女同士ってどうなのだろうか。 

深く考える余裕も無くて、なんだか真姫とそういう関係になるのが悪くない、と思ってしまったのか、はたまた先輩風を吹かせてしまったのか。 
私は真姫と、お付き合いすることになったのである。 


「絵里ちゃーん」 

「き、聞いちゃいましたっ」 

いつもの先生会が開かれた。 
真姫と仲良くしている2人には早速、話が伝わっていた。 
これではμ'sのみんなに伝わるのも時間の問題である。 

意外なことに、女性同士ということに引いてる様子はないどころか、女性もいけるとは流石恋愛マスターだと讃えられるのであった。 

いつもより、女性同士の恋愛について聞いてくる2人である。 
……この2人、大丈夫なのだろうか。 

しかしながら、女同士だと子どもは出来ないのだ。 
そこが残念なところよね、なんて話すと 
最近は女性の細胞から精子が作れるとかなんとか、真姫が得意げに話していたらしい。 
ちなみに西木野病院でも出来るとか。 

……西木野家には感服である。 

なにはともあれ、これから私の日常が変わっていくのだろう。 

お酒を飲みながら、先の見えない未来に想いを馳せる。 

綾瀬絵里27歳。 
2月に起きた事件であった。

終わりです。 
読んでくれた方、ありがとうございました。


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