一楽にて。 
ナルトはたまたま出会ったキバとシノの二人と食事を共にしている。 
そして三人ともが食べ終わり一息入れた頃、キバが突然切り出した。 

キバ「そう言えばナルト! お前とうとうヒナタと同棲し始めたらしいじゃねぇか」 

ナルト「ん? あぁ、ちょっと前にな」 

シノ「別に構わないが少し早すぎるんじゃないのか。 
  何故なら、二人が交際を始めてまだ日が浅いからだ」 

ナルト「そうか? どうせいつかは一緒に暮らすんだし、いつ始めてもおんなじだろ?」 

キバ「同棲ってことはよ……やっぱアレか? 夜は楽しんでんのか? なあ!」

ナルト「へへっ、まぁな。 
    晩飯の後とか、一緒に住むまではあんまりゆっくり出来なかったからな。 
    二人で映画見たりとか、そうやってのんびりするのがすっげぇ楽しいってばよ!」 

キバ「……いや、そうじゃなくてだな」 

ナルト「?」 

キバ「オレが言ってんのは夜の……」 

シノ「キバ、その辺にしておけ。 
   何故なら、これ以上は他人が無闇に首を突っ込むべきではないからだ」 

キバ「……ま、そりゃそうか。それにあのヒナタのことだ。 
   そこまで行くのにはまだまだ時間かかりそうだしな」

ナルト「お前らさっきから何言ってんだ?」 

シノ「気にするな。それよりナルト、お前はそろそろ返った方がいいんじゃないのか。 
   なぜなら、ヒナタが家で待っているからだ」 

ナルト「おっと、そうだってばよ! んじゃまたな二人とも!」 

キバ「おーおー走っちまって、お熱いことで」 

シノ「仕方ないことだ。何故ならあいつらは互いに愛し合っているからだ」 

キバ「愛し合ってるとかサラッと言うなよ小っ恥ずかしい……」 

シノ「恥ずかしいなどということはない。何故なら」 

キバ「あーもうわかったよ! ほら、オレらもさっさと行くぞ!」

・ 
・ 
・ 
ナルト「ただいま!」 

ヒナタ「おかえり、ナルトくん。ちょうど今お菓子作ってたんだ。食べるでしょ?」 

ナルト「おおっ、すっげぇ美味そう! もちろんいただくぜ!」 

2人が交際を始めてからまだ日は浅い。 
が、こうして既に同棲生活を送っていた。 

仲はもちろん良好。 
忍としての仕事は忙しく、 
特にナルトは実力を買われて様々なことに駆り出されることも多かったが、 
それでも二人は幸せな生活を送っていた。

互いが相手を心から愛し、思いやり……。 
二人の間に亀裂が入るようなことなど有り得ないと、当人たちを含め誰しもがそう思っていた。 

ただ、歯車が狂うとすれば……それはほんの些細なことからなのだろう。 

ヒナタ「あのね、ナルトくん……」 

ナルト「ん、どうした?」 

ヒナタ「明後日なんだけどね。その……任務とか、何か予定は入ってる?」 

ナルト「明後日? 確か何もなかったと思うけど」 

ヒナタ「それじゃあ、えっと、い、一緒に居られるんだよね?」 

ナルト「……あ、いや待てよ」

ヒナタ「えっ……何か、あるの?」 

ナルト「そう言えば木の葉丸の修行に付き合う約束があったな……昨日そう約束したんだった」 

ヒナタ「……そ、そっか」 

ナルト「悪い……もしかして、どっか行きたいとことかあったか?」 

ヒナタ「ううん! 大丈夫だよ、気にしないで! 修行、頑張ってきてね!」 

ナルト「……?」 

ナルトはこの時わずかに疑問を抱きつつも、 
ヒナタに言われたこともあって特に気にせず、すぐに忘れてしまった。

そして明後日を迎え……。 
ナルトは一日、木の葉丸の相手をして夕飯頃に帰宅し、 

ヒナタ「ナルトくん、お帰りなさい」 

ナルト「おう、ただいま!」 

ヒナタ「もうご飯出来てるけど、どうする? 先にお風呂にする?」 

そんな風に、あとはいつも通りの時間を過ごした。 
特に何も特別なことなどない、いつも通りの時間。 
いつも通りに夕飯を食べ、いつも通り会話をし、 
そして……いつも通りに眠りについた。

そして、その翌朝。 

ナルト「そう言えば今日はヒナタ、家に帰るんだったよな?」 

ヒナタ「ごめんね、ハナビが帰ってこいってうるさくて……」 

ナルト「気にすることはねぇってばよ。 
    せっかくの休日だし、姉ちゃんに会いたいんだろ。あいつもお前のこと大好きだからな」 

ヒナタ「あははっ……そうなのかな」 

少し前から、ヒナタはこの日は実家に戻ることになっていた。 
朝食を済ませ、できる限りの家事をし、そしてナルトに見送られ実家へと向かう。 
朗らかな日が照る中しばらく歩き……数日ぶりに日向邸の門をくぐった。

靴を脱ぎ、長い廊下を通って自室へと向かう。 
と、角を曲がる直前、その角から小さめの影が顔をのぞかせた。 

ハナビ「昨日はお楽しみでしたかー?」 

ヒナタ「……もう、何言ってるの」 

いたずらっぽい笑顔を浮かべるハナビに対し、変わらず落ち着いた様子のヒナタ。 
ハナビはぴょんと角から全身を出し、ヒナタとの距離を詰める。 

ハナビ「おかえり、姉様! 久しぶり!」 

ヒナタ「久しぶりって、そんなことないでしょ? ちょっと前にも帰ってきたじゃない」 

ハナビ「忘れ物取りに来ただけじゃん。あんなの帰ったうちに入らないよ」

ハナビ「やっぱりアレかなー? 
    ナルトさんとの毎日が幸せ過ぎて日向家のことなんか頭から飛んで行っちゃった?」 

ヒナタ「そんなことないよ。確かに幸せだけど、ハナビのこと忘れたりなんかしないよ」 

ハナビは冗談めかして言ったつもりだったが、 
それに対してヒナタは穏やかな表情ながらも真面目に返す。 
一瞬意表を突かれたような顔をしたハナビだが、それは嬉しそうな笑みに変わった。 

ハナビ「えへへ……それじゃあそんな姉様に、ハナビから渡すものがあります!」 

そう言ってハナビはずっと背後に回していた両手を、勢いよくヒナタの前に突き出した。 
これこそが彼女がヒナタを家に呼び戻した理由だった。 

ハナビ「じゃじゃーん! ハナビお手製ヒナタ人形ー! 誕生日おめでとう、姉様っ!」

突然のプレゼント。 
今度はヒナタが意表を突かれ、そしてハナビと同じように嬉しそうに笑った。 

ヒナタ「ありがとう、ハナビ……」 

そう言い両手で人形を受け取るヒナタ。 
両の手のひらに収まる小さな人形だったが、 
細かな装飾が凝っており少なくとも片手間で出来るようなものではないと分かった。 

ヒナタ「すごいね……でもこれ、大変だったんじゃない?」 

ハナビ「それはもう! 特に胸の部分の綿が足りなくて足りなくて!」 

気遣う言葉にハナビはからかいを返す。 
余計なことを考えず素直に喜べば良い、そう言われたような気がして、 
ヒナタはもう一度、今度は何も言わずににっこりと笑った。

そんなヒナタを見て、ハナビも満足そうに笑う。 
互いに笑い合う姉妹。 
しかし、妹の次の一言で姉の笑顔は少し引きつったものになった。 

ハナビ「それで? ナルトさんには何もらったの?」 

ヒナタ「あ……」 

ハナビ「服かな? それともマフラーのお返し? あっ、もしかして結婚指輪だったりして!」 

本人そっちのけで色々と推測するハナビだが、 
それに対してヒナタはバツの悪そうな笑顔で目を逸らした。 
そしてハナビはそれを見逃さなかった。 

ハナビ「……まさかとは思うけど、何も貰ってないってことはないよね?」

その質問にヒナタは答えない。 
それはつまり肯定を意味していた。 

ハナビ「えっ、うそ。ほんとに!? なんで!?」 

ヒナタ「なんでって、それは……」 

ハナビ「恋人の誕生日だよ! なのにプレゼント渡さないなんて……はっ!」 

そこまで言いかけ、ハナビの思考は一つの可能性にたどり着いた。 
そして恐る恐る、確認をとる。 

ハナビ「えーっと、まさかのまさかだけど……」 

ヒナタ「し……知らないんだよ。ナルトくん、私の誕生日……」

伏し目がちにそういうヒナタに、ハナビはあんぐりと口を開ける。 
そして一転、今度は怒ったようにヒナタに詰め寄った。 

ハナビ「おかしいじゃんそんなの! 普通聞くでしょ! 聞いておくでしょ!」 

ヒナタ「落ち着いて、ハナビ。そんなの仕方ないよ。私が言ってなかったんだから……」 

ハナビ「姉様、でも……」 

ヒナタになだめられ、ハナビはなんとか心を静める。 
そして今度は静かな声で訊いた。 

ハナビ「……姉様は悲しくないの? ナルトさんから誕生日祝ってもらえなくて」

ヒナタ「私は……平気だよ。ナルトくんと一緒に居られるだけで、幸せ」 

ハナビ「ほんっとーに? 全然? まったく? これっぽっちも? 丸っきり気にしてないの?」 

そう言ってヒナタの目をじっと見つめながらぐいぐいと詰め寄るハナビ。 
するとヒナタはたじろぎ、目をそらして、僅かな沈黙のあとに囁くように言った。 

ヒナタ「それは……やっぱり、ナルトくんに祝って貰えたら素敵だなって、 
    思ったりはしたけど……。でも、言えないよ。自分の誕生日を祝って欲しいだなんて……」 

それっきりヒナタはまた黙ってしまう。 
それを見てハナビは、深い深いため息をついた。 

ハナビ「あのねぇ姉様。姉様はナルトさんともう恋人同士なんだよ? 
     姉様の気持ちも分かるけど、もうちょっとワガママになってもいいんじゃない?」

ヒナタ「……そう、なのかな」 

ハナビ「そうよ!」 

ヒナタ「う、うん……わかった。今度から気を付けるね。でもお願い。 
    誕生日のこと、ナルトくんには言わないでね。 
    ナルトくん優しいから、きっと気にしちゃうもの」 

優しいのは自分じゃないか、とハナビは言いかけたが、 
これ以上の問答は無意味だと思って何も言わなかった。 

そしてハナビは思った。 
姉様は少し……優しすぎるのではないか、と。

・ 
・ 
・ 
翌日。 
ナルトはアカデミーでの特別講師としての仕事を終え、昼食を一楽でとる。 
ヒナタと一緒に食事を取れない時は一楽でラーメンをすするのが通例になっていた。 
そしてラーメンを完食し、店を出たちょうどその時。 
よく知った顔とばったり出くわした。 

サクラ「あっ、ナルト!」 

ナルト「! サクラちゃん」 

サクラ「ちょうど良かった……って、今日はヒナタは一緒じゃないの?」 

ナルト「あぁ、なんかハナビに会うとかで実家に戻ってる。 
    夕方には帰るって言ってたけど……サクラちゃん、ヒナタに用事でもあんのか?」

サクラ「そっか、夕方かぁ。じゃあちょっと直接は無理かな……」 

独り言のように呟きながら少し思案するサクラ。 
その様子についてナルトが質問する前に、サクラは顔を上げた。 

サクラ「悪いけどナルト、これヒナタに渡しておいてくれる?」 

ナルト「へっ?」 

そう言ってナルトは箱のようなものを渡された。 
その箱を包んでいる紙はただの包装紙というより…… 

ナルト「えっと、サクラちゃん。これ、何?」 

サクラ「んー? なーいしょっ! 開けてからのお楽しみってことで!」

ナルト「あぁいや、中身じゃなくて……」 

サクラ「じゃ、私もう行くから。ヒナタにおめでとうって言っておいてねー!」 

ナルト「えっ? ちょ、ちょっと待っ、サクラちゃーん!?」 

止める間もなく、サクラは去ってしまった。 
ナルトの心に大きな不安と疑問を残したまま。 

ナルト「……ま、まさかな。ははっ、はははっ……」 

サクラから預かった『プレゼントのようなもの』を胸に抱え、 
引きつった笑いを浮かべながらナルトは自宅へと向かった。

・ 
・ 
・ 
そして夕方頃。 

ヒナタ「ナルトくん、ただいま」 

ナルト「! お、おかえり、ヒナタ……」 

ヒナタ「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった。今から晩ご飯の支度するね」 

そう言って直接台所へ向かうヒナタ。 
が、それをナルトは乾いた声で引き止めた。 

ナルト「ちょ、ちょっと待った! 飯の準備の前に……」

ヒナタ「? どうしたの?」 

ナルト「えーっと、サ、サクラちゃんから預かってるものがあるんだけどさ」 

ヒナタ「サクラさんから? なんだろう……」 

ナルト「こ……これなんだけど」 

ナルトは恐る恐るといった様子で例のものを見せる。 
直前まできょとんとしていたヒナタだったが、それを見てあっと目を見開いた。 

ヒナタ「……もしかして……」 

ナルト「お、おめでとうって言ってたってばよ」 

そしてナルトは、『プレゼントのようなもの』を渡した。 
この時点で色々と察したヒナタは、それはもう複雑な心境で受け取った。

ナルト「……それ、プレゼント……だよな」 

ヒナタ「あ……うん、多分……」 

ナルト「今度、お礼言わなきゃな……」 

ヒナタ「そ、そうだね……」 

ナルト「……」 

ヒナタ「……」 

ナルト「……あ、あのさ、ヒナタ。ヒナタの誕生日って……いつ?」 

ヒナタ「…………12月、27日」 

昨日だった。

ナルト「ごっごごごごごめんヒナタ!! オレ知らなくて! 知らなくて!!」 

ヒナタ「い、いいのナルトくん! 大丈夫、大丈夫だから!」 

大慌てで謝るナルトと、それをなだめるヒナタ。 
ナルトは大汗をかき、もはや泣き出さんばかりである。 

ナルト「あぁあオレの馬鹿! そうだ、今から何か買いに、 
    いやでもそんな大急ぎで買うってのもなんか……もっとじっくり考えて……!」 

ヒナタ「ほ、ほんとに大丈夫だよナルトくん。気にしないで……」 

頭を抱えるナルトに、寧ろ心配そうに声をかけるヒナタ。 
その優しげな声にナルトは恐る恐る顔を上げた。 
ヒナタは、とても優しい笑みを浮かべて、 

ヒナタ「そんなに謝らないで、ね? 私は全然気にしてないから」

ナルト「っ……ほ、本当か? マジで、気にしてない?」 

ヒナタ「うん、大丈夫。だからナルトくんも元気出して?」 

ナルト「そ……そっか」 

ここでようやくナルトは落ち着きを取り戻した。 
それを見てヒナタも安心する。 

ナルト「じゃ、じゃあさ! アレだ、えーっと……そう、記念日! 
    あとちょっとでオレたちが付き合った記念日だろ?」 

ヒナタ「! う、うん」 

ナルト「誕生日祝えなかった代わりに、その日はしっかり祝うってばよ! 
    どっかいいもん食いに行ったりとかさ! プレゼントもオレからさせてくれ! な!」 

ヒナタ「ナルトくん……。そうだね、私たちの大切な日だしお祝いしたいよね。 
    じゃあ私もちゃんとプレゼント……」

ナルト「いや、ヒナタはいい! これはオレのお詫びでもあるんだから! 
    ヒナタからプレゼント貰ったら申し訳なくてどうにかなっちまう! 
    遠慮とかそういうのじゃなくてほんと、マジで!」 

ヒナタ「そ、そう? ……ごめんね、気を遣わせちゃったね」 

ナルト「何言ってんだ! 謝るのは、オレの方だろ……」 

ヒナタ「ナルトくん……」 

二人はそのまま口を閉じ、しばらく見つめ合う。 
そしてどちらからともなく相手を抱きしめた。 

ナルト「ほんと、ごめんな。でも今度こそ、ちゃんとするからさ」 

ヒナタ「うん……ありがとう。楽しみにしてるね」

・ 
・ 
・ 
そしてやってきた記念日の朝。 
二人は朝食を取りながら、今日の予定についてあれやこれやと話している。 

ナルトは自力でプレゼントを選びきれず、 
当日ヒナタと二人で見ながら選ぶことにした。 
しかしその分ナルトも張り切っている。 

ナルト「本当にさ、遠慮しなくて良いからな! 欲しい奴あったら遠慮なく言うんだぞ?」 

ヒナタ「ふふっ……うん、ありがとう」 

ナルト「礼はまだ早いってばよ! 買う店はもう決めてあるんだ。 
    最初にそこに行こうぜ! それからプレゼント買ったら昼飯だよな。 
    今日の昼はさ、一楽じゃなくてなんかこう……オシャレなとこに行くか!」

ナルト「なぁ、どっか行きたいとことかあるか、ヒナタ!」 

ヒナタ「うーん、そうだね……。私は、ナルトくんが一緒ならどこでも良いよ」 

ナルト「なーに言ってんだってばよ!  
    そうだ! どうせならこないだ行きそびれた……」 

と主にナルトが盛り上がってるその時。 
会話を遮るように、玄関の扉がノックされた。 

ナルト「ん……こんな朝から誰だ?」 

立ち上がろうとするヒナタを制し、ナルトは玄関に向かう。 
適当に返事をしながら扉を開けると、そこに立っていたのは…… 

忍「ナルトさん、火影さまからのお呼び出しです。今すぐ来るように、とのことです」 

・ 
・ 
・ 
その30分後。 
ナルトは火影の執務室に座るカカシにすごい剣幕で詰め寄っていた。 

ナルト「まっ……待ってくれよカカシ先生! 
    なんでよりによって今日任務なんだよ!?」 

カカシ「なんでって言われてもね……。依頼があったんだから」 

ナルト「頼む! 今日だけは見逃してくれ! 誰か他の奴でも良いだろ!?」 

カカシ「それが出来るならそうしてやりたいよ。 
    でもお前ももう分かってるでしょ。こういうのは融通がきかないんだって」 

ナルト「っ……くそっ!」

ナルト「その任務、時間かかんのか!? まさか数日がかりじゃねぇよな!?」 

カカシ「んー、順調に行けば今日中には帰ってこられるかな」 

ナルト「今日中って何時だってばよ!?」 

カカシ「そりゃお前次第だな。 
    ま、あんまりここで文句言ってるようじゃあ……」 

ナルト「わかったよ! さっさと片付けるから、早く詳しい説明してくれ!」 

そう急かされ、カカシは任務の説明をする。 
それを聞き終わるが早いか、ナルトは部屋を飛び出した。 
そして全速力で自宅へ向かい、 

ナルト「ヒナタ!!」 

ヒナタ「わっ! お、おかえりなさい」

ヒナタ「えっと、火影さまからの呼び出しってやっぱり……」 

ナルトの様子を見て、ヒナタには大方の察しは付いていた。 
そしてヒナタの質問にナルトは呻くように答える。 

ナルト「悪い、任務入っちまった……っ」 

ヒナタ「……そっか。それじゃ、お出かけは無理だね」 

今日の予定が丸っきり変更になってしまったことを知り、ヒナタは目を伏せた。 
しかしそれも一瞬のこと、すぐに目を上げにっこりと笑って、言った。 

ヒナタ「気を付けてね、ナルトくん。任務がんばってね」 

ナルト「! ヒナタ……。で、できるだけ早く帰ってくるから! 
    きっと、いや絶対! 晩飯には帰るからさ! だから……!」

まるで何かの言い訳をするかのように、必死に訴えるナルト。 
しかしそんなナルトに、ヒナタは変わらない笑顔で答えた。 

ヒナタ「……ありがとう。でも、無理に急がないで」 

ナルト「えっ? な、なんで! 急ぐに決まってんだろ!」 

ヒナタ「焦って怪我なんてしたら大変でしょ? 任務が無事に終わるのが一番だもの」 

ナルト「お、おう、そうか……」 

自分とは対照的にまるでいつもと様子が変わらないヒナタに、 
調子を狂わされたようにナルトは頭をかく。 

ナルト「わかった……じゃあ、慎重に急ぐってばよ! 
    ほんと早く帰ってくるから!」 

ヒナタ「うん。それじゃ、そろそろ支度しなきゃね」

そうしてナルトは急いで支度を整え出発し、ヒナタはそれを笑顔で見送った。 
扉が閉まり、家に静けさが戻る。 

ヒナタ「……そうだ、お風呂の掃除がまだだった」 

静けさをごまかすように、ヒナタは敢えて独り言を言う。 
風呂場に入り、そしてふと横を見る。 
鏡に映った自分の顔が見えた。 

ピシャピシャと自分の頬を両手で叩く。 

駄目よ、ヒナタ。 
ナルトくんは晩ご飯までには帰ってくるんだから。 
それまで楽しみに待ってなくちゃ。 

浴槽を擦りながら、そう言い聞かせた。

・ 
・ 
・ 
食卓に鍋。 
切って皿に盛られた具材。 
二人分の食器。 
しかしそこには誰も居ない。 

ヒナタは居間のソファに座り、時計の針を眺める。 
秒針を目で追う。 
……短針と長針が、共に真上を指した。 

時計から目を逸らし俯く。 
静かな部屋にただ秒針が時を刻む音だけが、うるさいほどに鳴り続けていた。

・ 
・ 
・ 
ナルト「はぁ、はぁ、はぁ……!」 

月明かりの下、ナルトは木ノ葉の里を全力で走る。 
内心でカカシを恨み、依頼主を恨み、また自分を責めた。 

何が今日中には帰れる、だ。 
何が晩飯には帰る、だ。 

任務には想定外のことが付き物。 
それはナルト自身も経験から知っていた。 
しかし今日は、今日だけは、何も起こらずに順調に進んで欲しかった。 

ただそんなことを言っても何にもならない。 
自分が今考えるべきことは……

ナルト「はぁ……はぁ……」 

自宅の前で、ナルトは一度息を落ち着かせた。 
外から部屋の明かりが見える。 
どうやら居間は電気が点いているようだ。 

恐る恐るドアノブに手をかけ、回す。 
静かに足を運び、廊下から部屋に入る。 
まず最初に、食卓が見えた。 
居間からの光に薄暗く照らされ、準備された鍋が見える。 

そして居間の、ソファに目を向ける。 
そこには……座ったまま静かに寝息をたてるヒナタの姿があった。 
それを見てナルトは、強く心が締め付けられるのを感じた。

ヒナタは自分の帰りをここでずっと待っていたんだ。 
夕飯には帰るという言葉を信じて、ただ一人で何時間も、ずっと。 

思わず眉をひそめ唇を噛むナルト。 
そして自責と後悔とが頭をぐるぐると回っている最中だった。 

ヒナタ「ん……」 

ヒナタが目を覚ました。 
目をこすり、傍に立つ気配に気付く。 
ナルトの顔を見上げる。 
そしてナルトが最初にかける言葉を選んでいるうちに、 

ヒナタ「……おかえりなさい、ナルトくん」 

あの、優しい顔で笑った。

ヒナタ「ごめんね、私いつの間にか寝ちゃってて……」 

ナルト「っ……」 

あろう事か、先に謝られてしまった。 
ナルトは更に胸が締め付けられる思いがして、拳を握り締めて絞り出すように声を出した。 

ナルト「ごめん、ヒナタ、ごめんっ……! 晩飯までに帰るって言ったのに、オレ……!」 

握り締めた拳で自分を殴りつけたい。 
心の底からそう思った。 
とにかく、ヒナタに悲しい思いをさせた自分が許せなかった。 
……が、ヒナタはナルトの拳をそっと握り、そして言った。 

ヒナタ「ううん。任務だもの、仕方ないよ」 

ナルト「でもっ……」 

ヒナタ「大丈夫だよ。私は、全然気にしてないから」

ヒナタらしい、優しさに溢れた笑顔と言葉。 
ナルトはそれを受けて心がちくりと痛んだ。 

ただ……先程までの痛みとは何かが違った。 

ほんの些細な違和感だった。 
しかしナルトにはこの違和感が、何かとても嫌なものであるように感じた。 
だからそれを払うために努めて明るく振舞うことにした。 

ナルト「……明日は一日空いてるからさ! 今日やる予定だったこと、全部明日しようぜ! 
   デートもプレゼントもご馳走もケーキも! 一日遅れだけど明日やるってばよ!」 

ヒナタ「でも大丈夫? こんな時間まで任務で、疲れてない?」 

ナルト「だ……大丈夫だって! オレは体力には自信あるんだ!」 

ヒナタ「……ありがとう、ナルトくん」

・ 
・ 
・ 
そして翌日。 
今度こそ予定通りに、二人は揃って出かけた。 

とにかくナルトは張り切っていた。 
先日の誕生日に引き続き、昨日の記念日。 
それらの失態を取り戻すべく、まず向かったのは…… 

ヒナタ「えっ、ここ……」 

ナルト「よし! 入るってばよ!」 

今までナルトにまったく縁のなかった、宝石店だった。

……と、張り切って入ってはみたものの、 
店に一歩足を踏み入れた途端一瞬目がくらむ。 
煌びやかな内装は、ナルトにとってまったく異世界そのものだった。 

ヒナタ「ナ、ナルトくん、大丈夫?」 

そんなナルトの内心を慮ってか、ヒナタが心配げに声をかける。 
はっきり言って想像以上の衝撃だったが、余計な気を遣わせるわけにはいかない。 
とナルトはしっかりと笑顔を向けた。 

ナルト「大丈夫だってばよ! さ、選ぼうぜ! 欲しいもんがあったら遠慮なく言えよ!」 

ヒナタ「う、うん」

大丈夫、今日はしっかり金は持ってる。 
宝石の値段はあんま詳しくねぇけど、こんだけありゃあ絶対足りるはずだ。 

ナルトはそう自分に言い聞かせながら、適当に店内を回り始めた。 
宝石を見て、値札を見る。 
それを繰り返す。 

良かった、大丈夫そうだ。 
確かに自分にはほとんど無縁な数の0が並んでいるが、このくらいなら足りる。 
と、徐々に落ち着きを取り戻し始めるナルト。 
ただ、キラキラしたものを見すぎて少し目が痛くなってきた気がした。 

目の休憩も兼ねて、ちらりと横のヒナタを見る。 
すると、やっぱりヒナタも女の子だったということだろう。 
店に入った時は遠慮がちだった表情は明るくなり、目を輝かせて宝石を眺めていた。 

久しぶりにヒナタのそんな顔を見た気がして、ナルトはつい嬉しくなった。

ナルトは再び正面のアクセサリーに目線を戻す。 
多少は慣れたが、やはり目がちかちかする。 
あまり凝視するのは疲れるので、次第に表面をざっと撫でるように視線が泳ぎ始める。 
が、しばらく進んだところで、ぴたりとナルトの視線が止まった。 

それはネックレスだった。 
ナルトはそのネックレスをじっと見る。 
他のアクセサリー同様、とても綺麗だ。 
でも他のものと違い、目がちかちかしない。 
なんというか、見ていて落ち着く綺麗さだった。 

ナルトはアクセサリーのことなどはっきり言って何も知らないが、 
それでも……このネックレスはヒナタに似合うと、そう確信した。

ナルト「なぁヒナタ! これ見てくれ!」 

高揚した様子で、隣のヒナタの肩を叩く。 
ヒナタはナルトの方に顔を向け、そして指さされたネックレスを見て目を見開く。 

ヒナタ「わぁ、可愛い……!」 

ナルト「だろ! オレさ、これ絶対ヒナタに似合うと思うんだ! 
    綺麗で可愛い感じがするっつーか、 
    見てて落ち着くっつーか、なんかヒナタっぽくねぇか?」 

ヒナタ「えっ? そ、そうかな?」 

ストレートな物言いに、照れくさく感じて顔を赤らめるヒナタ。 
しかしその表情は嬉しそうにくだけていた。

ナルト「だからさ、ヒナタさえ良ければ、プレゼントはこれにしようと思うんだけど……」 

ヒナタ「ナルトくん……うん、ありがとう。すごく嬉しい……」 

ナルト「よっし! じゃあ早速買って……」 

と値札を確認した瞬間。 
ナルトはびしりと音を立てて固まった。 
それまで見てきたものと比べ、0の数が文字通り桁違いだったのだ。 

全身に汗が吹き出るのを感じながら、冷静に数を数える。 
……何度も数える。 
しかし何度数えても、結果は同じだった。 

ナルト(ギリギリ、足りねぇ……!)

横でナルトの様子を見ていたヒナタは、全て察した。 
しかし声をかける前にナルトがすごい勢いで顔をこちらに向け、 
その勢いと形相に思わずヒナタは肩をびくりと跳ねさせた。 

ナルト「ちょ、ちょっと待っててくれ! 今すぐ金下ろしてくるから!」 

ヒナタ「えっ?」 

ナルト「すぐ戻ってくるからさ! 行ってくる!」 

そう言い残し、ヒナタが何か言う前にナルトは足早に店を出て行ってしまった。 
店内に一人残されるヒナタ。 
店員と数人の客が不思議そうな顔でこちらを見ている。 

流石に少し居心地が悪くなり、ヒナタは店の外で待つことにした。

・ 
・ 
・ 
ナルト「待たせちまって悪い、ヒナタ! 金下ろせるとこがこの辺全然なくて……!」 

ヒナタ「う、ううん。それは全然いいんだけど……」 

ナルト「さ、中に入ろうぜ! さっきのネックレスを買うってばよ!」 

今度こそと息巻いて再来店するナルト、そしてあとに続くヒナタ。 
しかし…… 

ナルト「あ、あれっ? さっきのネックレスは?」 

ヒナタ「……もしかして……」

先程まであったはずのネックレスが無い。 
それに気付いた二人は一つの可能性に行き着き、ナルトは顔を青くした。 
そして心の中で祈りつつ、店員に声をかける。 

ナルト「あ、あの~ちょっといいっすか? そこにあったネックレスなんすけど……」 

店員「あぁ、申し訳ございません。そちらはつい先程売れてしまいまして……」 

ナルト「っ……お、同じやつがまだあったりは……」 

店員「申し訳ございません……あちらが最後の一点でして」 

ナルト「マジかよ……」 

こんなことなら店員に一言残してから出るべきだった、とナルトは激しく後悔した。 
そして頭をフル回転させ、『次』を考える。

店員に頼んで入荷してもらうか? 
でもその場合、プレゼント渡せるのはいつになるんだ? 
また先延ばしになんのか? 
それならいっそ別の奴にするか? 
いや、でも…… 

頭を抱えて唸るナルト。 
と、袖がくいと引かれた。 
見るとヒナタが、またあの優しい笑顔を浮かべ、立っていた。 

ヒナタ「売れちゃったならしょうがないよ。そんなに落ち込まないで?」 

ナルト「ヒナタ、でも……」 

ヒナタ「大丈夫だよ。私は気にしてないから」

ナルト「……そっか。うん、売れちまったもんはしょうがねぇよな! 
    じゃああのネックレスより、もっともっとヒナタに似合う奴を買おうぜ!」 

ナルトは吹っ切れたように明るく振舞った。 
そうしてまた店内を二人で見て回る。 

一通り見たあとに、今度はヒナタが自分で選んだ。 
おとなしめの髪留めだった。 
値段は、最初に選んだものよりも、ずっと、ずっと、安かった。 

頭に軽くあてて、どうかな、とヒナタは笑顔で言った。 
普通に似合っている、とナルトは思った。 
それでいいのかと聞くと……優しい笑顔で、うんと答えた。 

店の外に出て、早速つけてみた。 
そしてナルトの顔を見上げて、 

ヒナタ「ありがとう、ナルトくん」 

優しい笑顔で、そう言った。

・ 
・ 
・ 
それから数日後。 
ナルトはまた朝からカカシに呼び出された。 

ナルト「――えっ、長期任務? ってか最近妙に任務多くねぇか? 
    同期の他の奴らはそんなでもないのにさ」 

カカシ「依頼主からの直々の指名が結構多いのよね、ナルトの場合。 
    お金持ちの方々なんかからは特に。 
    戦争や月の件でかなりの有名人になっちゃったから」 

ナルト「あぁ……。なんか嬉しいような複雑なような……」 

カカシ「ま、火影になったらこんな風に任務に出ることもなくなるんだし、思い出だと思って」 

ナルト「何言ってんだってばよ。まだしばらく譲る気なんてねぇくせに!」

ナルト「それより、この任務はどのくらいかかりそうなんだ?」 

カカシ「そうだな……まぁ短く見積もって一週間程度だろう」 

ナルト「とか言って、本当は二週間くらいかかるんじゃねぇの?」 

カカシ「……もしかしてこないだのこと根に持ってる?」 

ナルト「んなことねぇってばよ。でも一週間か……」 

カカシ「ヒナタのことが心配なら影分身でも残していけば良いんじゃないの? 
    ま! 今のお前なら一週間程度はもつでしょ。戦闘でもないんだし」 

ナルト「うん……まぁ、な。それよりさ、任務の説明始めてくれよ」 

カカシ「よし分かった。しっかり聞いておくよーに」

話を聞き終え執務室をあとにし、自宅への道を歩きながらナルトは考える。 
とは言っても任務とは全く関係なく、カカシが何気なく口にした言葉について。 

『影分身にヒナタの相手をさせる』。 

これは確かに一つの手ではあった。 
ただ、思い付きつつもナルトは今ひとつ実行に移す気にはなれなかった。 
実際的には何の問題もないはずなのだが、 
それでも感情的になんとなく、それは何か違う気がする、と感じていた。 

ヒナタの相手を、『自分自身』以外にさせたくない。 
馬鹿げているとは思いつつ、まるで自分の分身に嫉妬しているような…… 
そんな感情をナルトは自覚していた。 

しかし理屈では理解しているように、影分身だってナルト自身ではある。 
誕生日を無視し、記念日には間に合わず、プレゼントも思うように贈れなかったこともあり、 
ヒナタに寂しい思いをさせるくらいなら……と、考えを改めつつあった。

ヒナタ「――そっか。じゃあしばらく帰って来られないんだね……」 

ナルト「あぁ。カカシ先生は早くて一週間って言ってた。 
    オレもそのつもりだけど、もしかしたらまたちょっと長引くかもしんねぇんだ」 

ヒナタ「うん……気を付けてね、ナルトくん」 

そう言って、やはり優しい笑顔を浮かべるヒナタ。 
そんなヒナタを見て、ナルトはついに決心した。 

ナルト「……あのさ。オレ思ったんだけど……影分身をここに置いて行くのってどうかな」 

ヒナタ「え……?」 

ナルト「あ、いや。そうすればホラ、ヒナタも退屈しないっつーか……」

自分自身で気が進まないことを人に勧めることがこんなに難しいとは思わなかった。 
いくつかの理屈は考えていたのだが、上手く話せない。 

と、その時ナルトは、ヒナタの視線が下に落ちたことに気付いた。 
そしてそれを見て思った。 
影分身に相手をされるなんてヒナタもきっと嫌だったんだ。 
やっぱりこんなこと言うべきじゃなかった、と。 

ヒナタ「ナルトくん……ありがとう。その気持ちは嬉しいよ。でも、いいの」 

ナルトは余計な提案をしてヒナタを傷付けたことを後悔した。 
ただその反面、ヒナタも自分と同じ考えだったんだ、とどこか嬉しさも感じていた。 
しかし……そんなナルトの思いをよそに、ヒナタはまたあの笑顔を浮かべて、 

ヒナタ「チャクラも勿体無いし、万が一任務に支障が出たらいけないもの。 
    私なら平気だから。一週間くらい、大丈夫だよ」

ナルト「……あぁ。うん、確かにな! 無事に任務終えるのが一番だもんな!」 

ヒナタの言葉を受け、ナルトは明るく振舞う。 
そして続けた。 

ナルト「でもさ、やっぱ一週間一人なのは退屈だろうから、 
    その間実家に戻ってるといいってばよ。 
    そしたらハナビもヒナタの父ちゃんもきっと喜ぶだろ!」 

ヒナタ「あっ……そうだね。じゃあそうさせてもらおうかな」 

ナルト「帰ったら迎えに行くからさ、待っててくれってばよ! 出来るだけ早く帰るからさ!」 

ヒナタ「うん。でも、前も言ったけど急がなくて良いからね。 
    今度は特に何かの日があるわけでもないんだし」 

ナルト「そ、そうだな。前みたいな、記念日とかじゃないんだし…… 
    いやほんと、あんときはマジ……」

ヒナタ「あぁっ! そ、そういう意味で言ったんじゃないの! ごめんね!」 

何気ない一言で以前の失態を思い出し、落ち込むナルト。 
そんなナルトをヒナタは慌てて励ます。 
いつも通りの優しい言葉で。 

ヒナタ「えっと、だから……私のことなんて気にせず、任務がんばってねってこと!」 

下を向いていたナルトだが、ヒナタのその声に顔を上げた。 
目の前にはいつものあの顔がある。 
その顔を見、言葉を反芻し……再び下を向く。 
そんなナルトにヒナタがまた声をかけようとしたその直前に、 
ナルトは囁くような声で言った。 

ナルト「……あのさ、ヒナタ。 
    もし、この任務が長引いて……一ヶ月とか掛かったら、嫌、だよな?」 

ヒナタ「えっ?」

それきり、ナルトを黙ってしまう。 
ヒナタは少し困惑した。 
初めは『一週間で終わらせるつもりだ』と言っていたナルトが何故こんな質問をするのか。 
理由と意図が分からなかった。 

だがその困惑もほんの僅かな時間のこと。 
ヒナタはすぐに元の優しい表情を浮かべ、そして答えた。 

ヒナタ「……大丈夫。私、平気だよ」 

ナルト「……」 

ヒナタ「どれだけ長引いても、無事に任務が終わってくれればそれで良いの。 
   だから私のことは気にしないで? 長くなっても頑張ってね、ナルトくん!」 

ナルト「……あぁ、サンキューな! んじゃ頑張ってくるってばよ!」 

そう言ってナルトは外へ駆け出した。 
そんなナルトの様子を見てヒナタは違和感を覚えたが、 
しばらく考えてみてもその正体は分からなかった。

それきり、ナルトは黙ってしまう。 
ヒナタは少し困惑した。 
初めは『一週間で終わらせるつもりだ』と言っていたナルトが何故こんな質問をするのか。 
その意図が分からなかった。 

だがその困惑もほんの僅かな時間のこと。 
ヒナタはすぐに元の優しい表情を浮かべ、そして答えた。 

ヒナタ「……大丈夫。私、平気だよ」 

ナルト「……」 

ヒナタ「どれだけ長引いても、無事に任務が終わってくれればそれで良いの。 
   だから私のことは気にしないで? 長くなっても頑張ってね、ナルトくん!」 

ナルト「……あぁ、サンキューな! んじゃ頑張ってくるってばよ!」 

そう言ってナルトは外へ駆け出した。 
そんなナルトの様子を見てヒナタは違和感を覚えたが、 
しばらく考えてみてもその正体は分からなかった。

・ 
・ 
・ 
最近少し、寂しくなることが多い気がする。 
誕生日のことと、記念日のことと、それに今日からのこと。 

きっと私は贅沢になってるんだと思う。 
ずっと昔はナルトくんを見ているだけで良かった。 
少し前まではナルトくんと一緒に居られるだけで良かった。 

でも今は、それだけじゃ物足りない。 
もっとナルトくんと話をしたり、触れ合ったりしたい。 
私のこと、大好きで居て欲しい。 

でもそんなワガママを言って、ナルトくんを困らせたくない。

誕生日を祝って欲しい。 
大切な日に一緒に居て欲しい。 
任務を早く終わらせて、すぐに帰ってきて欲しい。 
もっともっと私と一緒に居て欲しい。 

本当に、ワガママ。 
普段はいつも一緒に居てくれてるのに。 
すごく優しくしてくれるのに。 
時々寂しくなるからって、ナルトくんを困らせるようなことを考えてしまう。 

今日だってナルトくんは、私のために影分身を残していってくれるって言った。 
でも私は、またナルトくんを困らせることを言ってしまいそうになった。 

影分身なんて嫌だ、本物のナルトくんがいい。 
私はただ一人、本物のナルトくんと一緒に居たい。

でもそんなこと言えるはずない。 
そんなこと言ったら、優しいナルトくんはきっと、任務より私を優先してしまう。 
それは駄目。 
そんなことを続けたらナルトくんは夢を叶えられないかも知れない。 

火影になるのはナルトくんの大切な夢。 
私は、ナルトくんの夢の邪魔なんてしたくない。 

それに、チャクラを影分身に使って任務に支障が出たら……っていうのも、本心。 
私に気を遣って、そのせいで任務失敗だなんて、考えるのも嫌だ。 

ナルトくんを困らせるくらいなら、私はいくらでも我慢する。 
ナルトくんが笑顔で居てくれるのが何よりも一番。 
だって私は……ナルトくんのことが大好きだから。

でも、時々不安になる。 
ナルトくんは私のことを好きって言ってくれた。 
だけどそれは……私がナルトくんを好きっていう気持ちより、 
小さな『好き』なんじゃないか、って。 
私だけがナルトくんのことを大好きで、 
本当は私の想いはまだ空回りしてるんじゃないか……って。 

こんなことを不安に思うなんて、やっぱり私は贅沢になってる。 
昔はそんなこと思わなかったのに。 
今は、ナルトくんに私のことを大好きって思われたい。 
私がナルトくんを好きなのと同じくらい、私のことを好きで居て欲しい。 

……でもこれは叶わない願いなのかも知れないって。 
時々、不安になる。

・ 
・ 
・ 
ハナビ「姉様? おーい姉様ー?」 

ヒナタ「あっ……」 

顔を覗き込まれて、私はやっと呼ばれてることに気が付いた。 
ハナビは呆れ顔で軽くため息をつく。 

ハナビ「まったくもう、ナルトさんが出て行ってまだ三日だっていうのに。 
    そんなんじゃ一週間後にはゾンビになっちゃうんじゃないの?」 

ヒナタ「ゾンビ?」 

ハナビ「生きてるのか死んでるのか分かんないくらいぼーっとしちゃうってこと。 
    せっかく長くこっちに居られるんだからシャンとしてよね!」

ヒナタ「……ごめんね、ハナビ。寂しい思いさせちゃったね」 

ハナビ「寂しくなんかないもーん! 呆れてるだけだもーん!」 

膨れたようにそっぽを向くハナビ。 
……悪いことしちゃったな。 

私は手を伸ばしてハナビの頬に添える。 
それに促されるように、ハナビは素直に顔をこっちを向けてくれた。 
まだ目線は横を向いてるけど……両手を頬に添えて、額と額をコツンと合わせる。 

ヒナタ「ごめんね。ハナビの言う通り、せっかく長くこっちに居るんだもの。 
    体がここに居ても心がどこかに行ってちゃ意味ないよね。今からはちゃんとするね」 

ハナビ「……わかれば良いの!」 

そう言って、ハナビはやっと笑ってくれた。

そうだ、この子の言う通り。 
私はナルトくんの恋人だけど、日向家の一員で、ハナビのお姉さんなんだ。 
今はナルトくんは居ないけど家族のみんなが居る。 
いちいち落ち込んでなんか居たら、ナルトくんにも笑われちゃうよね。 

ヒナタ「そうだ、明日は私も修行に付き合うね。久しぶりに一緒にしよう?」 

ハナビ「えっ、本当!」 

私の提案に、ハナビは元々笑ってた顔を更に明るくした。 
でもあんまり喜び過ぎるのも恥ずかしいと思ったのか、すぐにいつものいたずらっぽい笑顔に戻る。 

ハナビ「ふふーん、姉様きっとびっくりするよ! 
    私の成長っぷりをたっぷり見せてあげるんだから!」 

ヒナタ「うん、楽しみにしてるね。でも私も負けないよ!」

・ 
・ 
・ 
――ハナビがあんまり嬉しそうにするから、私もつい張り切ってしまった。 
その日はほとんど丸一日修行して、ぐっすり寝て、そして今日になってもまだ少し体が痛い。 
でもこういう時はじっとしてるより、少しでも動いた方が回復は早いような気がする。 
だから私は、今日は買い物ついでに少し散歩に出ていた。 

ハナビは父様との用事があるみたいで、今は私一人。 
一人でぶらぶら外を歩くのもたまには良いかな。 
もちろんナルトくんが一緒の方がずっと良いけど……なんて思ってると、 

サクラ「あっ、ヒナタじゃない」 

ヒナタ「! サクラさん」

サクラ「こんなとこで偶然ね。買い物? それとも散歩?」 

ヒナタ「うん、どっちもかな。サクラさんは?」 

サクラ「私は……って、立ち話もなんだし、どこか入らない? ヒナタ、今時間ある?」 

ヒナタ「大丈夫だよ。それじゃあ……」 

ということで、二人で近くの甘味処に入る。 
メニューは色々とあるけれど、私はやっぱりぜんざいを注文することにした。 

サクラ「えーっと、じゃあぜんざいを一つお願いします」 

店員「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいですか?」 

サクラ「はい、大丈夫です!」

ヒナタ「? サクラさんは注文しないの?」 

サクラ「あはは……実は今ダイエット中なのよね」 

ヒナタ「そ、そうなの? だったら悪いよ、私だけ注文しちゃって」 

サクラ「良いって良いって! これも忍耐力を鍛える修行のつもりなんだから。 
    忍とは忍び耐える者、ってね! だから遠慮しないで!」 

ヒナタ「う、うん……」 

サクラ「忍び耐えると言えば、ナルトは今任務に出てるのよね。 
    暮らしの方はどんな感じ? 退屈だったりしない?」 

ヒナタ「あ……えっと、今は実家の方に戻ってるんだ。 
    だから退屈じゃないよ。昨日も、ハナビと一日修行してたし」

サクラ「そ、良かった。家族と一緒ならあんまり寂しくないわね」 

ヒナタ「えっ?」 

サクラ「いやね、ヒナタのことだから、ナルトと会えなくて 
    毎日寂しい思いしてるだろうなーって、ちょっとだけ心配してたのよ」 

ヒナタ「そうだったんだ……ありがとう、サクラさん」 

サクラ「でもま、その様子だと大丈夫そうね!」 

ヒナタ「うん。家族のみんなとゆっくりできて、なんだか懐かしい気分かな。 
    変だよね。ナルトくんと暮らし始めてまだちょっとしか経ってないのに、もう懐かしいだなんて」 

サクラ「あははっ、でも結構そういうものかもよ? 
    それまではずーっと一緒に住んでたわけだしね」

サクラ「それで、ナルトはいつ帰ってくるの? もうすぐ一週間くらい経つんじゃない?」 

ヒナタ「えっと、早ければ一週間で終わるって言ってたから、もうすぐかな。 
    でももしかしたら一ヶ月くらいかかるかも、みたいなことも言ってたから……」 

サクラ「い、一ヶ月!? 流石にそれは差がありすぎない? 
    それ聞いてヒナタなんて言ったの?」 

ヒナタ「なんて、って……。頑張ってね、って言ったけど……」 

サクラ「それだけ? 『長すぎるわよ!』とか、『仕事と私どっちが大事なの!』とかは?」 

ヒナタ「えぇっ! そ、そんなこと言えないよ。 
    仕方ないことだし、ナルトくんを困らせたくないもの……」 

サクラ「ん、まぁ半分は冗談として……でもあんた、その様子だと普段も色々我慢してそうよね」

何気なく交わしてた会話だけど、その言葉に思わずドキッとしてしまった。 
なんだか最近になってサクラさんに色々言い当てられることが多い気がする。 
私、そんなに分かりやすいのかな……。 

サクラ「確かに我慢することも大事だけど、我慢のしすぎも禁物よ。 
    恋人同士なんだし、甘えるつもりでちょっとくらいワガママ言っても良いんじゃないの?」 

ヒナタ「う、うん……ハナビにもそう言われた」 

サクラ「まぁヒナタらしいと言えばらしいけどね。 
    せっかく恋人になったっていうのに、そういうとこで消極的なところとか。 
    もっと積極的に行かないと他の女に取られちゃうわよー? なんてね」 

ヒナタ「そ、そんな! ナルトくんが他の子に……!」 

サクラ「あぁいや冗談よ冗談……ごめんごめん」

サクラ「まぁとにかく、言いたいことがあったらちゃんと言った方が良いわよ。 
    言葉にしなきゃ伝わらないこともあるしね」 

そんな風に私とナルトくんとのことについて話してると、注文してたぜんざいが来た。 
話も一段落したっていうことで、それ以降は別の話題になった。 

ぜんざいを食べ終わった頃にはちょうどいい時間になってて、 
お会計を済ませて店の外に出る。 

サクラ「それじゃ、またね! 
    もうしばらくナルトが居なくて寂しいかも知れないけど、ちゃんと忍び耐えるのよー?」 

ヒナタ「ふふっ……うん、ありがとうサクラさん。またね」 

解散して家に帰りながら、サクラさんと話したことを頭の中で反芻する。 
自分の気持ちをもっとはっきり言う、か。 
そうじゃないと、ナルトくんが他の女の子と……。 

……うん、次もし何かあったら、頑張ってみよう。 
そんなの絶対いやだもんね。

・ 
・ 
・ 
ナルトくんが任務に出かけて、今日でちょうど一週間。 
早ければ今日帰ってこられるはず。 
実家に居る期間の最後になるかも知れないこの日は、ハナビと買い物をして過ごすことになった。 

ヒナタ「でも良かったの、ハナビ。本当は今は修行の時間なんでしょ?」 

ハナビ「良いの良いの! ちょっとずらしてもらったから。 
    ちゃんと父様にも許してもらったもん」 

ヒナタ「そっか……だったら安心だね」 

ハナビ「うん。だから修行の時間まではちゃんと付き合ってよね、姉様!」 

ヒナタ「ふふっ、はいはい」

そうして、ハナビと二人で色々なお店を回る。 
少ない時間の中でたくさんのお店に行った。 
その割には私もハナビも物はあんまり買わなかったけど…… 

ハナビ「えへへ、また可愛いストラップ買っちゃった。 
    これは何に付けようかな。手裏剣にでも付けてみようかな」 

ヒナタ「こら、だから忍具をおもちゃにしないの」 

ハナビ「え~、相変わらずお堅いんだからお姉様ったら~」 

こんな他愛のない会話を楽しみながらの、久しぶりのハナビとの買い物。 
ただそれも、あんまり長くは楽しんでも居られない。 

ヒナタ「まったくもう……。ところでハナビ、時間は大丈夫なの? 
    修行って何時にずらしてもらったの?」

ハナビ「ん? えーっと……うわっ!? しまった、いつの間に!」 

ヒナタ「も、もう時間なのね……大丈夫? 間に合う?」 

ハナビ「これは走らないとまずいかも……。 
    というわけで私先に帰ってるね! 姉様走れる服装じゃないし!」 

ヒナタ「えっ、あ、うん」 

ハナビ「私の修業中にナルトさんのとこに帰っちゃうんだったら、 
    ちゃんと声かけてよねー! 絶対だよー!」 

大きな声でそう言い残して、ハナビは走って行ってしまった。 
でも周りに人がほとんど居なくて良かった。 
あんな大きな声出して、注目なんかされちゃったら恥ずかしいもの。

ハナビの姿が見えなくなって、私は一息つく。 
あんなに大慌てで……ちょっとふざけて見える時もあるけどやっぱり真面目なんだね。 
そう思うと少し可笑しくて、ちょっとだけ笑ってしまう。 

さ、私も戻らなきゃ。 
ナルトくんが帰ってくるまでは修行を見学させてもらうのもいいかも知れない。 
って言っても、今日ナルトくんが帰ってくるかはまだ分からないんだけど……。 

なんて考えながら歩き出したのと、ほとんど同時だった。 

  「あ、あの、すみません……」 

不意に後ろから声をかけられた。 
振り返るとそこには……知らない男の人が立っていた。

男「日向ヒナタさん、ですよね……?」 

ヒナタ「? はい、そうですけど……」 

落し物でもしたのかなと思ったけど、違うらしい。 
私と同じくらいか少し歳下に見えるその人は、なんだかすごく緊張してるみたいだった。 

男「え、えーっと、いい天気ですね」 

ヒナタ「え? はい、そうですね……?」 

……よく分からない。 
この人はなぜ私に話しかけてきたのか。 
でもなんとなくこの人を見てると……懐かしい気持ちになる。 
そしてその気持ちの正体は、男の人の次の言葉ではっきりした。

男「ま……前から好きでした! これ受け取ってください!」 

男の人は突然そう言って、綺麗な紙に包まれた何かを差し出してきた。 
本当に、あまりに突然だったから一瞬何を言われたのか分からなかった。 
でも男の人は続けて話し続ける。 

男「オレの給料で買える中で一番高い奴を選びました! 
  オレの気持ちです! お願いします!」 

ヒナタ「えっ、あの……ちょ、ちょっと待ってください。好きって、え……?」 

男「受け取ってもらえるだけでいいんです、お願いします!」 

ヒナタ「で……でも私はもう……」

そう言うと、男の人は差し出したプレゼントを一度引き戻した。 
そして悲しそうに笑って、 

男「知ってます……。あなたにもう恋人がいるということも、 
  相手があのナルトさんだっていうことも……」 

ヒナタ「え……」 

男「わかってるんです。あなたは名門日向家の、しかも宗家で……。 
  恋人は木ノ葉の英雄で世界の救世主。オレなんかが釣り合うはずも敵うはずもない。 
  でも……どうしても思いだけは伝えたいと思ったんです」 

ヒナタ「……」 

男「受け取ってくれるだけでいいんです! 
  気に入らなかったら捨てても構いません! だからお願いします!」

正直に言って……私は困っていた。 
周りに人が居なくて本当に良かったとも思った。 
こんな風に告白されることは初めてだったし、 
恋人になるつもりもないのに、高価なプレゼントを受け取るのも悪い気がして……。 

でも、拒否できなかった。 
この人はきっとすごく勇気を出して、叶わないと知ってる恋を続けて……。 
まるで……昔の私を見ているようだったから。 

ヒナタ「……わかりました」 

男「! それじゃあ……」 

ヒナタ「でも本当に……受け取るだけです。私は、あなたの気持ちには答えられません……」 

男「……はい、いいんです。ありがとうございます……これで、吹っ切れました」 

寂しそうな笑顔を残して、男の人はそのまま背を向けて去っていった。 
私は何も声をかけることができずに、ただその背中を見送った。

・ 
・ 
・ 
もらったプレゼントをバッグに入れて、家に帰る。 
門の前に立つとハナビの掛け声と組手の音が聞こえてきた。 
修行がんばってるみたい、なんてぼんやり考えながら門をくぐったその瞬間。 
それまで考えてた色んなことが一気に頭から飛んで行って、 
ぱっと目の前が明るくなったような気がした。 

ナルト「! おかえり、ヒナタ! いや、この場合ただいまの方がいいのか……?」 

ヒナタ「ナルトくん……!」 

門を入ったすぐ横にナルトくんが立ってた。 
すごい、思ってたよりずっと早い。 
もう帰ってきてたんだ……!

ヒアシ「……休憩にしよう」 

ハナビ「あ、はい!」 

私に気付いた父様がハナビとの組手を中断する。 
ハナビは一礼したあと、すぐこっちに向かって駆けてきた。 

ナルト「よっ、お疲れハナビ」 

ハナビ「はい! 姉様もおかえり! 
    ナルトさん、ちょうど修行始めた頃に姉様を迎えに来たんだよ」 

ヒナタ「そっか……。でも立ってないで座ってくれて良かったのに。 
    ごめんなさい、お茶も出さないで立たせっぱなしで……」 

ナルト「いいって。お茶は勧められたけど断ったんだ。 
    ここに立ってりゃ、ちょっとでも早くヒナタを迎えられると思ったしな!」

ヒナタ「ナルトくん……」 

ハナビ「あーはいはい二人ともー。そういうのは家に帰ってからゆっくりやってくださいねー」 

ハナビに間に入られて、私は我に返る。 
いけない……ナルトくんは時々こうやって、突然私の喜ぶことを言ってくれる。 
そんな時は少しぽーっとしちゃうから気を付けないと。 

ナルト「それじゃ、どうする? こうやって迎えに来ちまったけどさ、 
    ヒナタは今帰ってきたばっかなんだし、もうちょいゆっくりするか?」 

ナルトくんに訊かれて、どうしようか、と考える。 
でも答えが出る前に、ちょっと意外な声で考えを止められた。 

ヒアシ「帰るがよい。お前たちに居られては修行に集中できぬ」

遠巻きに見ていた父様がいつの間にかそばまで来てた。 
その言葉が少し厳しく聞こえたから一瞬緊張したけれど、 
でも見てみると表情は柔らかいものだった。 

ヒアシ「もう大方の支度は済ませてあるのだろう」 

ヒナタ「あ……はい!」 

ヒアシ「ではもうしばらくそこで待て、ナルト。すぐヒナタが行く」 

ナルト「う、うす!」 

ヒアシ「ハナビ、そろそろ始めるぞ……。来なさい」 

ハナビ「……ふふっ、さっき休憩って言ったばっかりなのに」 

ヒアシ「何か言ったか?」 

ハナビ「いえいえなんにも! よろしくお願いします、父様!」

私とナルトくんは背を向けて歩いていく父様とハナビを見て、それから互いに目を合わせる。 
そして同時に、少し吹き出した。 

ヒナタ「それじゃ、ナルトくん。すぐ戻ってくるから」 

ナルト「おう! 待ってるぜ!」 

手を振って、私は自分の部屋に小走りで向かう。 
荷物はもうほとんどまとめてあるから、あとは細かいものを詰めるだけ。 
でもいちいち大きな鞄を開けるよりは、今持ってるバッグに入れた方が早いかも。 

と、考えるうちに部屋に着く。 
そして小物を入れようとバッグを開くと……一番先に、あのプレゼントが見えた。 

……ナルトくんに会えたことですっかり忘れてた自分に気づき、あの人に少し申し訳なくなる。 
これ、どうしたら良いのかな……。

・ 
・ 
・ 
ヒナタ「ナルトくん、お待たせ。さ、行こう?」 

ナルト「あぁ……って、結構荷物多いな。オレが持つぞ?」 

ヒナタ「えっ、いいよ。ナルトくん、任務で疲れてるだろうし……」 

ナルト「いいからいいから。よっ、と!」 

ヒナタ「あっ……」 

ナルト「家事はほとんどやってもらってるし、こういうのはオレの仕事だってばよ!」 

ヒナタ「……ありがとう、ナルトくん」

そうして私たちは、ナルトくんの家に二人で向かう。 
久しぶりに会ったナルトくんの顔は、声は、私を安心させてくれる。 
こうやって顔を合わせて話をするだけで、暖かい気持ちになる。 

でも……今の私の心には、ほんのちょっとだけ薄暗く陰が差してた。 
原因はやっぱりあのプレゼント。 

私自身の気持ちには何も後ろめたいことはないはずだけど…… 
それでも、あの人にも、ナルトくんにも悪い気がする。 
私がナルトくんの立場だったら多分、いい気分にはならないと思う。 

だけどそれは私がイヤな子なだけなのかも、と思ったりもする。 
好きな人が誰かからのプレゼントを受け取っただけで気にするなんて、私だけなのかな、って。 

でも、どうなんだろう。 
……ナルトくんは、どうなのかな。

・ 
・ 
・ 
ナルト「ただいまーっと。いやー、やっぱ我が家は落ち着くなぁ」 

ヒナタ「ふふっ……私も、ただいま」 

一週間ぶりの、二人揃っての『ただいま』。 
それがなんだか嬉しくてつい笑顔になった。 
ナルトくんもすごく嬉しそう。 

ナルト「この雰囲気にこの匂い! 懐かしいってばよ!」 

ヒナタ「あははっ、たった一週間しか経ってないよ?」 

ナルト「ん……ははっ、そうだよな。たった一週間なのにな!」

そう言ってナルトくんは笑った。 
……でも、なんだろう。 
今ナルトくん……ほんの一瞬だけ、表情が固くなったような気がする。 
私、何かおかしなこと言ったかな……? 

ナルト「それともっと懐かしいのは……ヒナタ! お前だってばよ!」 

ヒナタ「きゃっ!」 

突然ナルトくんは私を抱きしめた。 
考え事をしてた私は、思わず声を上げるくらいびっくりしてしまった。 

ナルト「うんうん、この抱きしめ心地が懐かしいぜ!」 

ヒナタ「……ふふっ、ナルトくんったら」 

ナルト「大丈夫だったかヒナター。寂しい思いしてなかったかー?」

ヒナタ「うん……平気。心配いらないよ。私は大丈夫だから」 

そう、ちょっとくらい寂しくたって平気。 
だって……ナルトくんはちゃんと帰ってきて、私を暖めてくれるもの。 
やっぱりナルトくんと一緒に居るとすごく安心する。 

だけど、まただ。 
私が答えた時、抱きしめるナルトくんの腕が少し震えたような気がした。 
さっきと同じ、違和感。 

ナルト「……そっか……。ヒナタが元気で、安心したってばよ!」 

そうやって元気に言うナルトくんの声は気のせいか、 
さっきより元気じゃないように感じた。 

だけど私はその時プレゼントのことを気にしてたこともあって、 
このほんの少しの違和感についてあまり深くは考えられなかった。

・ 
・ 
・ 
その後は二人で買い物に行って、買った食材で晩御飯を作る。 
久しぶりに二人で一緒に作るのはすごく楽しかった。 

その頃にはナルトくんの様子に変わったところはなくなって、 
ご飯を食べ終わる頃には、私もあの違和感をほとんど忘れてた。 

ヒナタ「ナルトくん、お風呂もう大丈夫だよ。お先にどうぞ」 

ナルト「そっか。んじゃ、お言葉に甘えて先に入るか!」 

ヒナタ「うん、ごゆっくり」 

ナルトくんは下着と寝巻きを持って、お風呂場に行く。 
そうだ、ナルトくんが入ってる間に私も準備しておこうかな。

そう思って私は自分の部屋に行く。 
着替えを揃えているうちに……ふと、バッグが目に入った。 
そこでまた、頭の片隅に追いやられていたものが戻ってくる。 

私はバッグを開けて、あのプレゼントを手に取った。 
細長い箱が綺麗な紙に包まれてリボンで飾られてる。 
あの人が言うには高価なものらしい。 
でも、何なんだろう……。 

ここで私は初めて、包装紙を留めてるテープに爪をかけた。 
紙を破いてしまわないように丁寧に剥がす。 
包装紙をすべて開くと、やっぱり高そうな箱が見えた。 

箱のふちに手をかけ、蓋を開ける。 
そして中から出てきたのは…… 

ヒナタ「! これ……」

それは、ネックレスだった。 
とても綺麗だけど、派手ではない。 
見ていて落ち着く綺麗さで、可愛らしさも感じさせる、ネックレス。 
そう……ナルトくんが選んでくれたあのネックレスだ。 

でも、どうして? 
最後の一つが売り切れた時、あの男の人はお店には居なかった。 
もしかして、あのあとすぐに再入荷されて、それをたまたま買った? 
それとも、あの日よりも前に……? 

あの人がいつこれを買ったのかは分からない。 
でもまさかこんな偶然があるなんて。 
自分が買える一番高いものを選んだって言ってたけど、 
まさかこのネックレスだったなんて……。 

手に持ったネックレスを、思わずじっと見てしまう。 
これを見てると、あの日のことをまるでついさっきの出来事みたいに思い出せる。

あの時、ナルトくんが選んでくれたんだ。 
私に似合うって言ってくれて……。 

  『オレさ、これ絶対ヒナタに似合うと思うんだ! 
  綺麗で可愛い感じがするっつーか、 
  見てて落ち着くっつーか、なんかヒナタっぽくねぇか?』 

言葉もはっきり覚えてる。 
すごく嬉しかったのを覚えてる。 
思い出すだけでつい顔がにやけるのが自分でも分かる。 

あの時は試着もできなかったけど……そんなに、似合うかな。 
鏡を見ながら、試しにネックレスを首元にあてがってみた。 
でも自分じゃよく分からない。 
やっぱりナルトくんに見てもらわないと…… 

ナルト「……ヒナタ?」

後ろから突然聞こえた声。 
一瞬で現実に引き戻される。 
反射的にネックレスを下ろして後ろを振り向く。 

ナルトくんが立っていた。 
その表情は……多分、笑顔だった。 

ヒナタ「ど、どうしたの、ナルトくん。お風呂は……」 

ナルト「……タオルがなくてさ。それで……」 

ヒナタ「そ、そっか! えっと、タオルなら確か……」 

ナルト「なぁ、ヒナタ……そのネックレス、どうしたんだ?」

ナルトくんは『笑顔』のまま、静かに訊く。 
答えに詰まる私に、ナルトくんは更に質問を重ねる。 

ナルト「自分で買った……ってわけじゃないよな。誰かに、もらったのか……?」 

ヒナタ「そ、れは……」 

ナルト「サクラちゃんからはこないだもう貰ったし、いのとか? 
    それともテンテン、いや、もしかして紅先生だったりして!」 

ヒナタ「っ……」 

ナルト「……違うのか?」 

呟くようにそう言ったナルトくんに、私はただ、頷いた。

ナルト「じゃあ、誰に……もらったんだ……?」 

もう、ナルトくんがどんな顔をしてるのか分からない。 
私の視線は下の方をふらふらと泳いでいる。 

ほんの数秒沈黙が続く。 
でも私はその数秒に耐えられなかった。 

ヒナタ「お……男の人に、もらったの。知らない、男の人……」 

ナルトくんは何も言わない。 
でも私はその沈黙が、続きを言え、と促されているように感じた。 

ヒナタ「私のこと……好きだ、って、渡されて……」 

ナルト「それで、受け取ったのか……?」 

唸るような、呻くような、苦しそうな声でナルトくんは言った。 
少し震えてるようにも聞こえた。

その声に私はまた何も言えなくなってしまう。 
顔を上げられなくなってしまう。 

いけない、ちゃんと説明しなくちゃ。 
断りきれずに受け取ってしまってけど、ただ受け取っただけなんだって。 
その人の想いまで受け入れたわけじゃないんだ、って。 

そんな風に自分で自分を急き立てる。 
でも私の決心が固まるよりも先に、ナルトくんが口を開いた。 

ナルト「は、ははっ、そっか……はは、はははっ……」 

笑い声。 
その声から読み取れる感情は私には分からなかった。 
こんな辛そうな笑い声は、聞いたことがない。 
その笑い声は徐々に静かに、消えていって、そして…… 

ナルト「……なぁ、ヒナタ。お前、オレのこと……本当に好きなのか?」

その言葉は、ずっと下を向いていた私の顔を強引に引き上げた。 
ナルトくんと顔を合わせる。 
ナルトくんは……やっぱり笑ってた。 

ヒナタ「そ、んな……! 好きだよ! 私はナルトくんのこと、大好きだよ!!」 

ナルト「……本当にか?」 

ヒナタ「本当よ!! 私はナルトくんのことが……!」 

そこまで言って、私は突然声が出なくなった。 
目に映るものが私の言葉を止めた。 
目の前の、ナルトくんの表情が、 
辛うじて笑顔だったものが、どんどん、どんどん崩れて……。 

ナルト「じゃあ、なんでッ……」

ヒナタ「ぁ、っ……」 

ナルトくんの言葉もそこで止まる。 
この沈黙は時間にすれば多分、何秒も経ってないと思う。 
でもずっと長く感じた。 
何も言わない私をただ見て……ナルトくんは、顔を背けた。 

ナルト「っ……ごめん。風呂、入ってくる……」 

ヒナタ「ま……待って!」 

そのまま去ろうとするナルトくんを、思わず腕を掴んで引き止めた。 
そして次の瞬間、後悔した。 
振り向いたナルトくんの顔。 
それを見て私は……息を呑んで、飛び退くような勢いで手を離してしまった。

ナルト「……本当、ごめん。しばらく一人にして欲しいんだ……」 

そのままの姿勢で固まる私に背を向けて、ナルトくんは今度こそ去っていった。 
ナルトくんの背中が見えなくなってしばらく経ってから、 
私は腰が抜けたように床に座り込んでしまった。 

やっぱり、駄目だったんだ。 
受け取っちゃ駄目だったんだ。 

私、ナルトくんの気持ち全然わかってなかった。 
プレゼントをただ受け取ることが、こんなにナルトくんを苦しめるだなんて思わなかった。 

もっと謝らなきゃいけないとは思ってる。 
でも……ナルトくんのあの顔が目に焼き付いて離れない。

嫌だ、怖い。 
ナルトくんが怖いんじゃない。 
あんな、辛そうな顔をさせてしまうことが怖い。 
何を言ってもナルトくんを傷付けてしまいそうで、怖い。 
それに……ナルトくんに嫌われることが怖い。 

考えるだけで手が震える。 
私はナルトくんに辛い思いをさせたくない。 
ナルトくんに嫌われたくもない。 

ナルトくんはしばらく一人にして欲しいって、そう言ってる……。 
でも、しばらくっていつまで? 
ナルトくんの言う通りに待つ? 
それともやっぱり、今すぐもっと謝った方がいいの? 

どうしよう、どうしよう。 
どうすれば……。

・ 
・ 
・ 
そして翌朝。 
昨日は結局あの後、まともに会話も交わさなかった。 
私はほとんど眠れずに少し寝不足だ。 

今朝も朝食を黙って食べて、それでナルトくんは、 

ナルト「……ちょっと出かけてくる」 

そう言い残して出てしまった。 
私は何も声をかけられずただテーブルに目を伏せる。 
そしてナルトくんが出て行った後も、ただただ俯いて座り続ける。 

こんなに辛い朝は初めてかも知れない。 
昔の、家のことで悩んでいた頃とも違う、初めて味わう辛さだった。

いつまで続くんだろう。 
こんな辛く苦しい時間が、もしかしたらこのままずっと続くのかも知れない。 
そう思うと、息が止まる思いがした。 

……やっぱりいけない。 
このままじゃ駄目。 
私も……ナルトくんだって、こんなの嫌なはず。 

私が動かなきゃ……謝らなきゃいけない。 
昨日のことを思い出すとやっぱり怖いけど、 
だからってこのまま何もしないのは駄目だと思う。 

ナルトくんが家を出て、もう時間が経っているけれど……。 
追いかけよう。 
追いかけて、謝るんだ。 

そう決めて私はやっと顔を上げて、立ち上がることができた。

・ 
・ 
・ 
ヒナタ「はぁ……はぁ……」 

しばらく探し回ったけれどナルトくんはまだ見付からない。 
思い当たるところを一通り回ってみたけれど、どこにも居なかった。 

こんなに探したのに見付からないなんて、どこに居るんだろう……。 
もう、なりふり構って居られないかも知れない。 
本当は自分の足で探したかったけど、白眼を使ってでも…… 

と、そんな風に考え始めた時だった。 

キバ「はぁー……ったく、なんでよりによってこんな風強ぇんだよ。 
   おかげで鼻がほとんど役に立たなかったじゃねぇか」 

シノ「仕方ないことだ。何故ならそれが自然というものだからだ。 
   如何に優秀な忍と言えど自然には勝てない。そういうものだ」

ヒナタ「キバくん、シノくん……!」 

キバ「おっ。よう、ヒナタ」 

ヒナタ「えっと、二人は任務帰り?」 

キバ「まぁな。聞いてくれよ! 今日って結構風が強いだろ? 
   そのせいで匂いがあっという間に散っちまってよ! おかで無駄に長引いちまって……」 

シノ「キバ、そのくらいにしておけ。何故なら、ヒナタは急いで見えるからだ」 

キバ「っと、そうか。どうかしたのか?」 

ヒナタ「あ、うん……。ナルトくんを探してて」 

キバ「ナルト? あいつならついさっき見かけたぞ」

ヒナタ「ほんと!? ど、どの辺りで?」 

キバ「里のはずれの茶屋だな」 

シノ「それからサクラも居た」 

ヒナタ「えっ……サクラさん? そうなの?」 

シノ「ただ、何を話していたかまでは分からない。 
   何故なら任務の報告を急いでいて声をかけなかったからだ」 

ヒナタ「そうなんだ……」 

キバ「いやー、オレらもまさかナルトの浮気現場を見ちまうとは思わなかったぜ」 

ヒナタ「え」

シノ「キバ……その冗談はよせ。 
   何故なら過去に好きだった相手との浮気となるとリアル過ぎるからだ。 
   ヒナタが本気にしてしまいかねない」 

キバ「はははっ! 悪いなヒナタ、冗談だよジョーダン!」 

ヒナタ「わ、わかってるよ。私だって、そんなの本気にしないよ」 

シノ「そうか……。それより、早く行かなくてもいいのか。ナルトを探しているのだろう」 

ヒナタ「う、うん! ありがとうキバくん、シノくん!」 

シノ「礼には及ばない。何故なら」 

キバ「じゃあなーヒナタ! 達者でなー!」 

シノ「……じゃあな」

・ 
・ 
・ 
情報を頼りに私はまた走る。 
そして、キバくんたちが言ってた茶屋が近付いてきた。 
この角を曲がればすぐのはず。 

ヒナタ「!」 

本当に居た、ナルトくんとサクラさん……! 
あ、でもどうしよう。 
サクラさんが居るならさすがにあんな話はできない。 
最初になんて言って声をかければ…… 

そんな風に私が角のところで立ち止まっていると……会話が一瞬だけ聞こえた。 

ナルト「やっぱ、サクラちゃんしか居ねぇ。サクラちゃんが一番だってばよ」

その言葉で、私は思わず身を隠す。 

サクラさんしか居ない、サクラさんが一番……。 

……なに、何を考えてるの、私。 
こんなの何でもない、よく使う言葉じゃない。 

そう思いながらも、角から足を踏み出せない。 
会話をもう少し聞きたいと、聞き耳を立ててしまう。 
でも風が強くてほとんど聞き取れない。 

やっぱり、このままじゃ拉致があかない。 
そう思って踏み出そうとした私の足は、次に聞こえた言葉で完全に硬直した。 

ナルト「……ヒナタのことなんて、どうでもいい」

……え? 
今の、あれっ……? 
ナルトくん、今……違う、そんな、そんなはずない。 
ナルトくんがそんなこと言うはずがない。 

そう、そうよ。 
聞き間違いに決まってる。 
仮に、そう、もし仮に聞き間違いじゃなかったとしても……。 
何か理由があって、そんな風に言ったに決まってる。 

震える足をなんとか一歩出し、角から半身を乗り出す。 
そうだ、私は謝らなきゃいけないんだから。 
そしてまたナルトくんと、あの楽しい、幸せな毎日を…… 

ヒナタ「……え……」 

勇気を出した私の目に、飛び込んできた光景。 
それを見た瞬間に私は背を向けて走り出した。

・ 
・ 
・ 
部屋で一人、ぼんやりと座る。 
目は開いてるけど何も見えてない。 

見えるのはただ、さっきのあの光景だけ。 

見間違いだと思いたい。 
でも、何度思い返しても、見間違いには思えない。 

あの時ナルトくんはサクラさんの顔を正面から見て、 
サクラさんの顔を、 
両手で挟んで、 
そのまま顔を近付けて……

……どうして、こんなことになっちゃったんだろう。 
全部、手遅れだったのかな。 
謝るとか、謝らないとか、もうそういう問題じゃなかったのかな。 

でも、どうして……ナルトくん。 
やっぱり私が悪いの……? 
私がプレゼントを受け取ってしまったから? 
でも私、受け取っただけなんだよ。 
ナルトくんのこと、大好きなんだよ。 

やっぱりこれも、言い訳になっちゃうのかな……? 
でも、でも、だからって、あんなの…… 

ナルト「ただいま、ヒナタ!」 

ヒナタ「……」

ナルトくんが帰ってきた。 
玄関を上がって、私を探してるみたい。 

ナルト「! ヒナタ……」 

部屋に入ってきた。 
振り向けない。 
私はずっと、背を向けて俯いたまま座ってる。 

ナルトくんの顔を見ることができない。 
でも私はなんとか、一言だけでもと思って、声を絞り出した。 

ヒナタ「お……お帰りなさい」 

ナルト「あ、あぁ。ただいま……」

普通じゃない私の様子を察したのか、 
ナルトくんの声もどこか緊張してるように聞こえる。 

ただ私の緊張感は、多分比べ物にならない。 
さっきから心臓が張り裂けそうになってる。 

子供の頃、ナルトくんを前にするとすごく緊張してた。 
でもこの緊張は違う。 
あんなのとは違う……すごく、嫌な緊張だった。 

手は震えて、息も詰まりそうなのに……私の口は、勝手に動き出した。 

ヒナタ「お……お茶屋さん、行ってたんだよね?」

ナルト「え? ……うん。でも、なんでそれ……」 

ヒナタ「じ、実は私もさっきまで外に出てて…… 
    それで、ナルトくんをそこで見たっていう人が居て……」 

ナルト「そ、そっか」 

口が止まらない。 
すごく苦しいのに、嫌なのに、怖いのに、止まらない。 
駄目、これ以上訊きたくない、聞きたくない……なのに…… 

ヒナタ「一人、だったの? それとも、誰かと一緒?」 

お願い、ナルトくん。 
私に信じさせて。 
あれが見間違いだって、私の勘違いだったんだって、信じさせて…… 

ナルト「ん、あぁ、いや……一人だったけど。それがどうかしたか?」

ヒナタ「……そう、なんだ」 

一番、言って欲しくない答えだった。 
そこでサクラさんと一緒だったって認めてくれたら良かった。 
そしたら、ナルトくんはやましいことなんてしてないんだって。 
ナルトくんはやっぱりそんなことしないんだって。 
全部私の勘違いだったんだって、多分信じられた。 

でも、隠した。 
ナルトくんは嘘をついた。 
サクラさんと一緒に居たこと、隠した。 
それじゃあまるで、本当に…… 

ナルト「それよりさ、ヒナタ……。 
    やっぱり、話しておかなきゃいけないと思ってさ。えっと、昨日は」 

ヒナタ「ごめんなさい」

ナルト「え……?」 

どうしてそんなことしたの…… 
どうして、何も言ってくれなかったの? 

ヒナタ「昨日のこと……ごめんなさい」 

私はナルトくんのことが大好きなのに、 
ナルトくんも私のこと好きだって言ってくれたのに、どうして? 

ヒナタ「分かってるの、私が全部悪いんだって……」 

プレゼントはただ、本当に、受け取っただけなんだよ? 
それなのに、酷いよ、ナルトくん。 

ヒナタ「酷いよね、私……わかってるの。 
    だから言って欲しいの……悪いとこ、全部。全部、直すから……」

ナルト「お、おい、ヒナタ?」 

ヒナタ「お願いナルトくん……私の悪いとこ、全部直すから……」 

私がしたことは悪かったと思う。 
でもだからって、あんなことしなくたって……。 

ヒナタ「私が悪いから、だよね。だから……私のこと、好きじゃなくなっちゃったんだよね」 

酷い、酷いよ。 
嫌だ、嫌だ、そんなの、嫌だ……。 

ヒナタ「だ、だから、わ、私より……他、の……女の子、と……」 

嫌っ……そんなの嫌、いや……。 
やだ、ナルトくん、お願い……

もう、自分が何を言ってるのかもはっきり分かってない。 
頭の中がごちゃごちゃで、嫌な感情がぐるぐる回ってる。 
そんな私を見かねたのか、部屋の入口に立ってたナルトくんが、私のすぐ後ろまで来た。 

ナルト「さ……さっきから何言ってんだヒナタ! 他の女の子ってなんだよ!?」 

そう言って背を向けたままの私の腕を強く掴む。 
それでも振り向かない私にナルトくんが投げた、強い言葉。 
それが私の感情の蓋を一瞬だけ開けてしまった。 

ナルト「オレにはヒナタしか居ねぇ! ヒナタが一番だ!」 
    『やっぱ、サクラちゃんしか居ねぇ。サクラちゃんが一番だってばよ』 

ヒナタ「ッ……嫌! やめて!!」 

掴まれた手を力任せに振り払い、両手で耳を塞ぐ。 
そして……思い切り叫んでしまった。 

ヒナタ「ナルトくんなんて……!」

その瞬間、我に返った。 
今、私……なんて、言おうとしたの? 
喉で詰まった言葉が、呼吸まで止めているような気さえする。 
でも声に出なかったはずの言葉は……一番届いてはいけない人に、届いてしまった。 

ナルト「……ごめん」 

一言、消え入るような言葉が私の耳に入る。 
その時になってやっと私は振り向いた。 
そしてそのままの勢いで立ち上がり、 
部屋を出ようとするナルトくんに必死にしがみついて…… 

ヒナタ「ご……ごめんなさい! 
    違うの、今のはっ……本当に、そんなことない、違うの……!」

ヒナタ「全部……私の、勘違いだったの、だから……!」 

背中に額を押し当てて、私は声を絞り出す。 
ナルトくんは何も言わずにただ立っている。 

自分の声が、どんどん小さくなっていく。 
震えて、かすれて、消えていって。 
そして最後の最後に……息が漏れるように、 

ヒナタ「ナルトくん、大好き……っ」 

そう、ナルトくんがそんなことするはずない……。 
だから忘れなきゃ。 
全部私の、勘違いだったんだから……。 

ナルトくんは、しがみつく私の手をそっと握ってくれた。 
でも、いつも暖かくて私を安心させてくれるナルトくんの手は 
……とても、とても、冷え切っていた。

あ、次からは一週間前に遡ってのナルト視点になります。 
と一応言っておきます。

・ 
・ 
・ 
自分でも分かってるんだ。 
ヒナタはちゃんとオレのこと理解してくれてる、最高の恋人だって。 
頭じゃ分かってる。 

でも、心の中で不安に思ってしまう。 
ヒナタはオレが何か辛い思いをさせてしまったと感じた時、必ずこう言うんだ。 

  『私は大丈夫だよ』 
  『私は平気』 
  『全然気にしてないから』 

誕生日を祝ってもらえなくて、大切な日に一緒に居てもらえなくて、 
一週間以上も会えなくなる。 
オレが同じ立場なら、大丈夫でも平気でもないし、多分かなり気にする。

でもヒナタは、大丈夫だって、気にしてないって……優しくそう言う。 

頭じゃ分かってる。 
オレに気を遣わせないためにこう言ってるだけだって。 
ヒナタは、すごく優しい奴だから。 
我慢してくれてるんだろう、って……頭じゃ分かってるんだ。 

優しい顔と優しい声で、いつもヒナタはそう言ってくれる。 
でも……あまりにその顔が、声が、優しすぎて……。 
もしかしてヒナタは本当にオレが居なくても平気なんじゃないかって、不安になってしまう。 

こんなこと自分でもおかしいとは思ってる。 
でも最近少し、ヒナタのあの顔を見るのが、あの声を聞くのが、怖い。 
全然必要とされてないような……そんな風に、思ってしまう。 

そんなことあるわけないって頭じゃ分かってる。 
でも心が勝手に、小さな不安を生む。

だけどその不安は、今回の一週間の任務中に少しずつ消えていった。 
いや、消えていったっていうのは正確じゃない。 

不安なんかより、ヒナタに会えない寂しさの方が優っていったんだ。 
特に今回は一人の任務だったから、数日後には人恋しくてたまらなかった。 

とにかくまたヒナタの顔が見たくて、オレはこれまでにないほど任務に集中した。 
不安が消えていったのはそのおかげもあるかも知れない。 

長期任務に就いてる時は寂しいし忙しくはあるけど、 
ヒナタのことを大好きって気持ちがどんどん大きくなっていく気がして、 
そういう意味じゃ、あんまり悪い気はしなかった。 

そしてとにかくヒナタに会いたい一心で、オレは一週間で任務を終わらせたんだ。

・ 
・ 
・ 
カカシ「いや~、流石だね。まさか本当に一週間で終わらせるとは」 

ナルト「オレにかかればこんなもん……って、やっぱ短く見積もってたんじゃねぇか!」 

カカシ「並みの上忍ならこの倍かかってもおかしくなかったのは事実だな。 
    ま、お前なら一週間でいけると思ったからそう言った。それだけのことだよ」 

ナルト「褒められてんのになんか釈然としねぇ……。 
    とにかく、これで任務終了ってことでいいんだよな!」 

カカシ「あぁ、お疲れ。帰っていいぞ……って、もう居ないし」

カカシ先生には色々言いたいこともあったけど、 
それより何より今はヒナタだ。 
あいつを迎えに行かねぇと。 

焦る必要はないのに、駆け出す足を止める気にならない。 
里に帰ってきてから余計にヒナタに会うのが待ち遠しくなってるような気がする。 
そして結構な速さで走ったおかげで、あっという間に日向家が見えた。 

ナルト「この音……修行してんのか」 

距離が近くなるにつれて、高い塀の向こうから聞こえる音と声がはっきりわかる。 
この声は、ヒナタ……じゃないな。 
ってことは、 

ハナビ「! ナルトさん!」

オレが門をくぐったその直後にハナビが気付いて声をかけてきた。 
ちょうど父ちゃんと修行する時間だったみたいだ。 

ハナビ「残念、ちょうど姉様はお出かけ中だよ。でももうすぐ帰ってくるから!」 

ナルト「ん、そうか。じゃあ待たせてもらっても良いか?」 

ヒアシ「……ハナビ」 

ハナビ「あっ……ごめんなさい! 続けます!」 

ヒアシ「いや、茶を出してやれ。今は手伝いの者もみな出ておるからな」 

ハナビ「! ナルトさん、こっちに来て座って待ってて!」

ナルト「あー、いいっていいって! 修行続けてくれ!」 

ハナビ「そう? でも……」 

ナルト「それより修行見てる方がオレも勉強になっていいからさ!」 

ハナビ「うーん……ナルトさんがそう言うなら。では父様、続けましょう!」 

ヒアシ「……あぁ」 

そう言って二人は修行を再開した。 
オレは安心して一息つく。 
大事な修行の時間をオレが邪魔するわけには行かないからな。

それからしばらく、オレは二人の修行を見続けた。 

しかし、やっぱハナビもすげぇ。 
あの年であの動き、もう少し反応を早くすれば…… 
って、特別講師とかやってるせいでなんか、先生みてぇな目で見ちまうな。 

なんて思いながら、たぶん十分くらい経った頃。 
不意にすぐ横に人の気配を感じた。 
ほとんど無意識にそっちに目をやったその瞬間、急に視界が明るくなったような気がした。 

ヒナタ「……!」 

ナルト「! おかえり、ヒナタ! いや、この場合ただいまの方がいいのか……?」 

って、どっちでもいい! 
とにかくヒナタは帰ってきて、オレも木ノ葉の里に帰ってきたんだ!

ここが日向家じゃなければ、オレは多分感情に任せてヒナタに抱きついてたと思う。 
それを我慢した辺り、オレも大人になったってことだろう。 

でも感情を抑えるのもあんまり長くは続けられる自信はない。 
だから少しでも早く家に戻りたかった。 
そしてそのオレの希望は、叶えられた。 
ヒナタの父ちゃんが……多分、気を遣ってくれてオレたちを早く返してくれた。 

帰り道、久しぶりにヒナタと話しながら家へ向かう。 
オレは笑顔を止められなかった。 
ヒナタも笑顔だった。 

でも……何か、ヒナタの笑顔がいつもの笑顔とは違うように感じた。 
その時は本当に、ほんの少しそう感じただけ。 
だからその時は気のせいだと思った。 

気のせいだったら、良かったんだ。

・ 
・ 
・ 
ナルト「ただいまーっと。いやー、やっぱ我が家は落ち着くなぁ」 

ヒナタ「ふふっ……私も、ただいま」 

一週間ぶりの、二人揃っての『ただいま』。 
それが嬉しくて、ついテンションが上がってしまう。 
一週間前までの妙な不安なんかすっかり忘れてた。 
そう……次のヒナタの言葉を聞くまでは。 

ナルト「この雰囲気にこの匂い! 懐かしいってばよ!」 

ヒナタ「あははっ。たった一週間しか経ってないよ?」

本当なら右から左に抜けていくようなその言葉が、胸に引っかかった。 

……『たった一週間』。 
オレはこの一週間、ものすごく長く感じた。 
一日一日、早くヒナタに会いたくてたまらなかった。 
少なくともオレにとっては、『たった一週間』なんかじゃなかった。 
でもヒナタは…… 

ナルト「ん……ははっ、そうだよな。たった一週間なのにな!」 

何考えてんだよ、オレ。 
あんなの本当に、深い意味も何もない言葉じゃねぇか。 
そうだ、気にすんな。 
こんなのオレらしくねぇぞ。 

ナルト「それともっと懐かしいのは……ヒナタ! お前だってばよ!」 

ヒナタ「きゃっ!」

ナルト「うんうん、この抱きしめ心地が懐かしいぜ!」 

ヒナタ「……ふふっ、ナルトくんったら」 

オレは心の陰を振り払うように、わざとふざけた調子で振舞う。 
ヒナタも、ちゃんと嫌がらずに居てくれる。 

ナルト「大丈夫だったかヒナター。寂しい思いしてなかったかー?」 

そうだ、何も気にすることなんてない。 
ヒナタだってオレのことが好きなんだ。 
ヒナタだって、オレと同じで…… 

ヒナタ「うん……平気。心配いらないよ。私は大丈夫だから」

  『平気』『大丈夫』 

一週間ぶりに聞いたその言葉。 
優しい、言葉。 
抱きしめてるから見えないけど……多分、あの顔を浮かべているんだと思う。 

……だから何だよ。 
優しい言葉、優しい顔……当たり前じゃねぇか。 
だってヒナタは優しいんだから。 

なのに、なんでこんなに……オレは…… 

ナルト「……そっか……。ヒナタが元気で、安心したってばよ!」 

オレは分かってる。 
ちゃんと分かってる。 
だから頼む。 
この嫌な考えは、少しでも早くどこかへ行ってくれ。

・ 
・ 
・ 
その後は二人で買い物に行って、買った食材で夕飯を作る。 
久しぶりに二人で一緒に作るのはすごく楽しかった。 

そんな風に過ごしてる間には、何の不安を感じることもない。 
夕飯を食べ終わる頃には、オレもほとんど気にすることはなくなっていた。 

ヒナタ「ナルトくん、お風呂もう大丈夫だよ。お先にどうぞ」 

ナルト「そっか。んじゃ、お言葉に甘えて先に入るか!」 

ヒナタ「うん、ごゆっくり」

自分の下着と寝巻きを持って風呂場に行く。 
そしてぼんやりと今日のことを振り返りながら服を脱ぐ。 

今日一日、久しぶりにヒナタと過ごして……やっぱ、すげぇ楽しかった。 
そりゃ時々不安になることもあるけど、 
どう考えてもオレの気にしすぎだ。 

オレがヒナタのことを好きなのと同じくらい、ヒナタもオレのことを好き。 
ただヒナタは優しいから、オレに気を遣いすぎてるだけなんだ。 

いい加減バカな考えはやめよう。 
風呂に入って上がる頃にはそんな考えも完全に消えてるはずだ。 

ナルト「……って、あれ?」

服を全部脱ぎ終えて、そこでようやく気付いた。 
体を拭くタオルがない。 
これじゃあまだ風呂に入れない。 

タオルはどこにあるんだったか、 
と脱衣所を少し探してみたけど、どうもなさそうだ。 
……仕方ない、ヒナタに訊くか。 

そう決めて、オレは最低限の服を着直した。 
脱衣所を出て居間に向かう……けど、そこにヒナタは居なかった。 
ということは部屋か……? 

ヒナタの部屋に行くと、扉は開いてた。 
そして入口の前に立ったオレの目に映ったもの。 
それは一瞬、オレの思考を完全に停止させた。 

鏡の前で笑顔を…… 
本当に、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべるヒナタが、そこに居た。

ナルト「……ヒナタ?」 

オレの口は、勝手にヒナタの名前を呟いた。 
何も考えられなかった。 
ただ頭の中を回っているのは、さっきのヒナタの顔と、手に持っていた、ネックレス。 

それは、あのネックレスだった。 
前、一緒に宝石店に行った時に……オレが選んだネックレス。 
でも買えなかった、あのネックレスだった。 

ヒナタ「ど、どうしたの、ナルトくん。お風呂は……」 

ナルト「……タオルがなくてさ。それで……」 

ヒナタ「そ、そっか! えっと、タオルなら確か……」 

ナルト「なぁ、ヒナタ……そのネックレス、どうしたんだ?」

もう、オレの口と頭とはほとんどバラバラだった。 
何も考えず、ただただ疑問に感じたことを訊くだけ。 

いや違う。 
何も考えていないわけじゃない、考えてる。 
ただ、そのことを考えたくないんだ。 

それを考えないように、オレは出来るだけ軽い調子で話そうとする。 
笑いながら話そうとする。 
でも上手く笑えているかどうか分からない。 
そんな混乱をよそに、また口からは次々と質問が飛びててくる。 

ナルト「自分で買った……ってわけじゃないよな。誰かに、もらったのか……?」 

ヒナタ「そ、れは……」 

ナルト「サクラちゃんからはこないだもう貰ったし、いのとか? 
    それともテンテン、いや、もしかして紅先生だったりして!」 

ヒナタ「っ……」

ナルト「……違うのか?」 

そう訊いた時オレは、もうほとんど混乱していない自分に気付いた。 
ただただ、一つの考えだけが頭の中でいっぱいになる。 

ナルト「じゃあ、誰に……もらったんだ……?」 

そして、本気で祈る。 
どうかオレの考えが外れていてくれ。 
ただの考えすぎてあってくれ。 

だけど……震えるヒナタの声に、その祈りは粉々に打ち砕かれた。 

ヒナタ「お……男の人に、もらったの。知らない、男の人……」

息が詰まった。 
なんだ、男の人……誰、いつ……? 
知らない奴に、オレが任務に行ってる間に……? 
なんで……? 

まさか、違うよな? 
そんなはずないよな? 

色々な考えが頭の中をぐるぐる回る。 
オレは何も言えないで居る。 
そしてヒナタは『そんなはずない』答えを、震えながら口にした。 

ヒナタ「私のこと……好きだ、って、渡されて……」

ナルト「それで、受け取ったのか……?」 

ヒナタの答えからオレのこの質問までは、ほとんど間が空かなかった。 
そんなはずないと思いつつ、そうに違いないとオレは思ってたんだ。 

ヒナタはオレの居ない間に、知らない奴から、告白された。 
そして渡されたプレゼントを……受け取ったんだ。 
しかも、オレが買ってやれなかったネックレスを。 

……それだけなら、まだ良かった。 
ヒナタは優しいから断れきれなかったんだ、ってそう思うこともできた。 

何よりオレの心を締め付けるのは…… 
そいつから貰ったネックレスを見て、 
心の底から幸せそうに笑うヒナタの顔だった。

その時不意に、頭の中に声が聞こえてきた。 
聞き覚えのある、何度も何度も聞いたことのある、声だった。 

  『大丈夫だよ』 

……あぁ、そうか。 

  『私は平気』 

やっぱ、そういうこと、だったのかな……。 

  『私は全然平気だから』 

…………。 

  『別に、ナルトくんが居なくても』 

ナルト「は、ははっ、そっか……はは、はははっ……」

まさか笑いが出てくるなんて自分でも思わなかった。 
人間こういう時って笑ってしまうものなんだな。 
これを笑いと言って良いなら、の話だけど……。 

ただこれも長くは続かない。 
少しずつ、笑いは消えていって、 
そして……最後にオレは、笑いの残りカスみたいなものを顔に貼り付けて、 
多分一番訊いたらいけないことを訊いてしまった。 

これを訊くってことは、ヒナタの気持ちを疑ってることをはっきり口にするのと同じだから。 

ナルト「……なぁ、ヒナタ。お前、オレのこと……本当に好きなのか?」 

するとヒナタは雷に打たれたように、ずっと俯いてた顔を上げた。 
その表情は今まで見たことのないものだったけど、 
そこに表れている感情は、今のオレにはまるで分からなかった。

ヒナタ「そ、んな……! 好きだよ! 私はナルトくんのこと、大好きだよ!!」 

ナルト「……本当にか?」 

ヒナタ「本当よ!! 私はナルトくんのことが……!」 

それはオレが欲しかった答えだった。 
期待していた答えのはずだった。 
でもその言葉を聞いた瞬間、あの顔が頭に浮かんだ。 

なぁ、ヒナタ。 
お前はオレのことが好きなんだよな? 
お前が好きなのは、オレなんだよな……? 

ナルト「じゃあ、なんでッ……」 

なんで他の奴から貰った……オレがあげられなかったネックレスを見て! 
あんな風に笑ってたんだよ!?

オレはあと少しでヒナタにそう怒鳴りかけた。 
ただ、その言葉はオレの喉から出ることはなかった。 
……ヒナタの、顔を見てしまったから。 

ヒナタは、あの時浮かべていた表情とは全然違う……。 
怯えた顔をしていた。 
オレがヒナタに、そんな顔をさせたんだ。 

ナルト「っ……ごめん。風呂、入ってくる……」 

駄目だ。 
これ以上ヒナタと居たら駄目だ。 
このままだと、オレは…… 

ヒナタ「ま……待って!」

ヒナタに腕を掴まれて、オレは反射的に振り向いた。 
そして次の瞬間、ヒナタは息を飲んで手を離した。 

……オレがどんな顔をしていたのか、自分でも分からない。 
ただ、最悪な、最低の表情をしていたことくらいは分かる。 

だから駄目なんだ。 
オレはもう、ヒナタを傷付けたくない。 
今はただそのこと以外頭にない。 
考えたくない。 
これ以上ヒナタを傷付けてしまう前に…… 

ナルト「……本当、ごめん。しばらく一人にして欲しいんだ……」

・ 
・ 
・ 
翌朝。 
昨日はそのまま、ろくに会話も交わさずに二人とも寝た。 
とは言ってもオレはほとんど眠れなかった。 

一晩中ずっと、分からなかった。 
オレは何がしたいのか分からなかった。 
自分を責めたいのか。 
ヒナタともっとちゃんと話をしたいのか。 
それとも、ヒナタを責めたいのか……。 

朝食を食べ終えても、まだ分からない。 
頭が割れそうだ。 
今日もまだ会話を交わしてない。 
この静けさが余計に頭を混乱させる。

このままじゃ駄目だ、オレが耐えられない。 
外で少し気持ちの整理をしよう。 

ナルト「……ちょっと出かけてくる」 

俯いたままのヒナタに一言だけ言い残して、オレは家を出た。 
ただ出たは良いものの、特に行くあてがあるわけじゃない。 

……仕方ない、適当にぶらつこう。 
少し風が強くて散歩日和とは言えないけど、仕方ない。 
ただ人の多いところは避けたい。 
知り合いに会っても面倒だし、一人でじっくり考えたい。 

なら、そうだな。 
適当に里のはずれの方にでも行くか……。

・ 
・ 
・ 
しばらく歩いて、人の多い場所はもうかなり前に過ぎた。 
幸い知り合いにも合わなかった。 

この辺りになると人の代わりに木が増えてくる。 
強風のおかげで、木の葉が擦れる音が余計な音を遮って逆に考え事に没頭させてくれる。 

そう言えば、もう少し行ったところに茶屋があった気がする。 
もし誰も居なかったら腰を落ち着けてみるのもいいかも知れない。 

なんてぼんやり考える内に、目的の茶屋が見えた 
……けど、そう考え通りにはいかないみたいだった。 
茶屋の外に置いてある椅子に、よく知る人を見付けてしまった。

サクラ「……」 

サクラちゃんだ。 
どうしよう、誰も居なけりゃあの茶屋に行こうと思ってたけど……。 
引き返してまた少し歩くか。 

と思ったのと同時だった。 
サクラちゃんがこっちに気付いて、完全に目が合ってしまう。 
頬張る口を片手で隠しながら、控えめに手を振るサクラちゃん。 
こうなってしまったらもう引き返すのは不自然だ。 

オレも笑って手を振り返し、茶屋に向けて足を進めた。

・ 
・ 
・ 
サクラちゃんと向かい合うようにして席につく。 
オレは注文したぜんざいをすすりながら、適当に会話を交わしていた。 

サクラ「それにしても、まさかここで知り合いに会うなんて思わなかったわ。 
    なんでこんなとこまで来たの? しかも一人で」 

ナルト「いや、それはこっちのセリフだってばよ。 
    あんみつなら里のもっと中心の方の店でも食えるだろ?」 

サクラ「あぁ、うん。まぁね……」 

サクラちゃんは目を逸らして言葉を濁す。 
疑問に思ったけど、特に訊く気にはなれなかった。

こうしてサクラちゃんと話はしているけど、 
自分の考え事の方がずっと頭を離れない。 
誰かと会話してれば気も紛れるかと思っていたけどまるでそんなことはなかった。 

ふと会話が途切れて、オレは黙ってぜんざいをすする。 
しばらく風の音だけが聞こえる。 

サクラちゃんには少し悪いけど、これを飲み終えたらすぐ店を出よう。 
やっぱり一人で考えないといけない。 
そんな風に考えながら、顔を上げて最後の一口を口に含んだ。 

そして顔を正面に戻して器をテーブルに置いたのとほとんど同時。 
サクラちゃんは頬杖をついて、静かに言った。 

サクラ「何か悩み事?」

思わず咳き込んで口の中のぜんざいを吐き出しそうになる。 
そんなオレを見てサクラちゃんは、やっぱりね、という風に眉を上げた。 

ナルト「な、なんで……? オレそんな分かりやすい顔してた?」 

サクラ「わかるわよ。長い付き合いだもん」 

そう言って、ふうと息を吐く。 
そして薄く笑って、 

サクラ「もし良かったら話してみなさい。出来るだけ力になるから」 

そんなサクラちゃんを見てオレは、 
もし姉ちゃんが居たらこんな風なのかな、と思った。

正直言ってオレは誰にも話す気はなかった。 
こんなこと相談できるわけないし、オレとヒナタとの問題だと思ってたから。 
でも今この瞬間、サクラちゃんに相談する以外の選択肢は完全に消えた。 

ナルト「……ヒナタがさ、告られたみたいなんだよ」 

サクラ「えっ……?」 

ナルト「オレが任務に行ってる間に、どっかの、知らない奴に告られて……。 
    それで、プレゼント貰った、って……」 

サクラ「……うん。それで?」 

突然話し出して、内容も多分突拍子もないことだったと思うけど、 
サクラちゃんは何も質問せずに聞いていてくれた。 
だからオレは、全部話してしまうことにした。

ナルト「そのプレゼントってのがさ、オレがヒナタと一緒に選んで、 
    買おうとしたけど、でも買えなかったやつで……」 

サクラ「……」 

ナルト「それで、昨日たまたま見ちまったんだ……。 
    ヒナタ、そのネックレス見て……本当に、心の底から嬉しそうに笑ってて……! 
    それで、オレ……今、ヒナタと、ちょっと……」 

サクラ「……そのネックレスって、あんたが選んであげたの?」 

ナルト「え……あ、あぁ、うん……」 

しばらく黙って聞いてたサクラちゃんの、初めての質問。 
それに答えると……サクラちゃんは呆れたような、 
不思議に思ってるような、そんな顔を浮かべて言った。 

サクラ「あんたが選んでくれたネックレスだから、ヒナタは笑ってたんじゃないの?」

ナルト「……え?」 

サクラ「どっかの誰かに貰ったからじゃなくて、 
    あんたが選んでくれたネックレスだから、それを見て笑ってた。 
    例えば選んでもらった時のこと思い出したりとかして……そうは考えなかったわけ?」 

サクラちゃんに言われて、思い出す。 
少し顔を赤くして、照れたような、ほんの少しだけ困ったような。 
でも、表情がくだけるのを止められない、心の底から嬉しそうな、そんな笑顔。 

鏡に映ったあの顔……そうだ、でもオレ、ヒナタのあの顔、初めて見たわけじゃない。 
少し前にも見たことがある。 

……オレがあのネックレスを買う時だ。 
ネックレスを見せて、ヒナタに似合うって言った時。 
ヒナタは、あの鏡に向けてたのと同じ顔で、笑ってたんだ……。 

サクラ「……今更だけどさ。あんたってホンッッットに馬鹿よね」

その言葉に、オレはサクラちゃんに視線を戻す。 
その顔は……やっぱり怒ってた。 

サクラ「あんたが悩んでた理由、多分他にも細かいことは色々あるんだろうけどさ。 
    もう忘れたの? 前に言ったわよね? 
    女の子が本気で誰かを好きになったら、その気持ちは簡単に変わらないって」 

ナルト「……」 

サクラ「ヒナタはあんたのことを十年以上もずっと好きで居続けたのよ? 
    そんな子があんた以外の男を好きになると思う?」 

ナルト「っ……オ、オレがいくら寂しい思いさせても、『気にしてない』って言ってたのは……」 

サクラ「は……? 何、あんたまさかそれ真に受けたの? 
    あんたに気を遣わせないために我慢してるに決まってるじゃない!」 

ナルト「だ、だよな。やっぱ、そうだよな……!」

サクラ「……何泣いてんのよ、馬鹿ね」 

ナルト「オレ、マジで……ヒナタに愛想尽かされたんじゃねぇかって……。 
    本気でそう思って、オレっ……」 

サクラ「ったく……絶対そんなことないって」 

ナルト「うん……ありがとう、サクラちゃん。 
    あのさ……もしかしたら、これからも時々相談することもあるかも知れないんだけど……」 

サクラ「はいはい。いつでも来なさい。ちゃんと相談乗ってあげるわよ」 

ナルト「……ほんと、すげぇよなサクラちゃん。オレすげぇ悩んでて。 
    こんなの、まさかシカマルとか、イルカ先生とかにも恥ずかしくて相談できねぇし……。 
    でもサクラちゃんに会ったら、恥ずかしいとかなんとか、そんなのすっ飛んじまった」

サクラ「一度相談相手になってあげてるしね。あんた達がくっつく前にも」 

ナルト「あぁ。こういうこと相談できるのって、 
    やっぱ、サクラちゃんしか居ねぇ。サクラちゃんが一番だってばよ」 

サクラ「ま、一応医療忍者ですから。心のケアもそれなりに、ってね!」 

ナルト「さすが、心の方の医療も一流だな! さっきまで、マジで辛かったからさ……」 

サクラ「ナルト……」 

ナルト「ヒナタのことなんて、どうでもいいって……そう思えれば楽だったんだけど。 
    やっぱオレ、ヒナタのことすっげぇ好きだったから、余計……」 

サクラ「……だったら、ホラ。さっさと行きなさい。少しヒナタと話さなきゃいけないでしょ? 
    確かにプレゼントを断れなかったヒナタもいけなかったとは思うし、 
    その辺りのことも含めて、しっかり二人でね」

ナルト「あぁ……そうだな。まずは謝って、ちゃんと話し合うってばよ! 
    これからもうこういうことがねぇようにな!」 

そう言ってオレは勢いよく立ち上がる。 
そして勘定を払いに行こうとした、その時だった。 

サクラ「きゃっ!?」 

ナルト「! サクラちゃん、どうした?」 

サクラ「あ、ううん……いたた。目にゴミが入ったみたいで……」 

ナルト「あぁ、今日風つえぇからなぁ。ちょっと見せてくれ」 

サクラ「えっ? あ……」

オレはサクラちゃんの顔を両手で挟んで固定して、 
片手の指で目を開いて近くで覗き込む。 

ナルト「ん……でかいゴミはないし、目に傷もないな。これならそう問題はねぇだろ!」 

手を離したあと、すぐゴミは取れたらしい。 
多分砂か何かだったんだろう。 
ただサクラちゃんは、じっとオレを見ていた。 

ナルト「……サクラちゃん、どうかした?」 

サクラ「あんた、そういうこと他の子にもしてないでしょうね? 
    特にあんたのファンの女の子とか」 

ナルト「そういうこと? いや、そもそも目にゴミが入ること自体そんなに……」 

サクラ「女の子の顔にやたらと顔を近づけるなって言ってんの! 
    相手が私だったから良かったものの……まったく」

ナルト「あ、あぁー! そっか、そういうことね……! ご、ごめんなサクラちゃん!」 

サクラ「別にいいわよ。私は本当に『気にしてないから』」 

ナルト「うっ……そ、そのジョークはちょっとブラック過ぎるってばよ」 

サクラ「デリカシーのないことした罰よ。 
    それじゃ、今度こそ行きなさい。お金はそこに置いといて良いわ。私が払っとくから」 

ナルト「……おう! ありがとなサクラちゃん! また今度何か奢るからさ!」 

サクラ「あっ、そうだ言い忘れてた!」 

走り出しかけたオレを、サクラちゃんは慌てて引き止める。 
何かよっぽど大事なことが……と思ったけど、サクラちゃんは笑って、 

サクラ「今日ここで私に会ったこと、ヒナタには内緒にしておいてくれない?」

ナルト「へっ? なんで?」 

そう訊くと、サクラちゃんはバツが悪そうに笑う。 
そして頬をかきながら答えた。 

サクラ「こないだヒナタに会った時、私ダイエット中って言っちゃったのよね。 
    忍とは忍び耐える者、とか偉そうに言っておきながら 
    早々に意思が折れてこんなとこまで来ちゃって……」 

ナルト「あぁ、なるほど……わかった! 誰にも言わないでおくってばよ!」 

サクラ「あはは……じゃ、よろしくね!」 

サクラちゃんに手を振って、オレは今度こそ家に走る。 
ヒナタには本当に悪いことしちまった……。 
でもこれできっと元通りだ! 
また前みたいな、幸せな生活に戻れるはずだ!

・ 
・ 
・ 
ナルト「ただいま、ヒナタ!」 

大声でヒナタの名前を呼びながら玄関の扉を開けた。 
返事はない……けど、鍵は開いてたから家には居るはずだ。 

居間には居ない。 
台所なんかも見てみたけど居ない。 
そして次にヒナタの部屋に行くと…… 

ナルト「!」 

居た。 
ただ、電気も点けずこっちに背を向けたまま、俯いて座っている。

やっぱり昨日のことがあって、落ち込んでるんだ。 
当然だ、オレが落ち込ませちまったんだから……。 

ナルト「ヒナタ……」 

名前を呼びながら部屋に入る。 
でもヒナタは動かない。 
背を向けたまま、ヒナタは静かに言った。 

ヒナタ「お……お帰りなさい」 

ナルト「あ、あぁ。ただいま……」 

明らかにいつもと違う様子のヒナタを見て、今更だけど緊張してきた。 
どうやって話を切り出そうか、謝ろうか。 
そんなことを考えていると、思いも寄らない質問がヒナタの口から飛び出した。 

ヒナタ「お……お茶屋さん、行ってたんだよね?」

ナルト「え? ……うん。でも、なんでそれ……」 

ヒナタ「じ、実は私もさっきまで外に出てて…… 
    それで、ナルトくんをそこで見たっていう人が居て……」 

ナルト「そ、そっか」 

よく分からない。 
ヒナタも外に出てたって、どこかに用事でもあったのか? 
それにオレを見た人って……? 

ヒナタ「一人、だったの? それとも、誰かと一緒?」 

このヒナタの質問に、一瞬素直に答えそうになってしまった。 
でもすぐにサクラちゃんの言ってたことを思い出して、 

ナルト「ん、あぁ、いや……一人だったけど。それがどうかしたか?」

ヒナタ「……そう、なんだ」 

そう呟いたきり、ヒナタは黙り込む。 
……なんだったんだろう、今の質問は。 

と、そんなことを考えてる場合じゃない。 
今は何より優先することがあるだろ。 
オレはまずヒナタに謝らなくちゃいけないんだ。 

ナルト「それよりさ、ヒナタ……。 
    やっぱり、言っておかなきゃいけないと思ってさ。えっと、昨日は」 

ヒナタ「ごめんなさい」 

早口気味に、ヒナタはオレの言葉を遮るように言った。

ナルト「え……?」 

ヒナタ「昨日のこと……ごめんなさい。 
    分かってるの、私が全部悪いんだって……」 

意表を突かれたオレに、畳み掛けるようにヒナタは謝罪の言葉を投げ続ける。 
背を向けたまま、震えた声で。 
ただただ、自分を責め続ける。 

ヒナタ「酷いよね、私……わかってるの。 
    だから言って欲しいの……悪いとこ、全部。全部、直すから……」 

ナルト「お、おい、ヒナタ?」 

ヒナタ「ね、お願いナルトくん……私の悪いとこ、全部直すから……」

違う、悪いのはオレだ。 
オレが勝手に不安になって、勘違いして、ヒナタの気持ちを疑って……。 
だからヒナタ、そんなに謝らないでくれ。 

って、そう言おうとした。 
でも次のヒナタの言葉で…… 

ヒナタ「私が、悪かったから。だから……私のこと、好きじゃなくなっちゃったんだよね。 
    だ、だから、わ、私より……他、の……女の子、と……」 

一瞬何を言ってるのか分からなかった。 
ヒナタの声が震えて、途切れ途切れだったからってのもある。 
でもそれだけじゃない。 

オレがヒナタのこと好きじゃなくなった? 
だから他の女の子と……なんだよ? 
ヒナタじゃなくて、他の女子と付き合えって言ってんのか……!?

ナルト「さ……さっきから何言ってんだヒナタ! 他の女の子ってなんだよ!?」 

我慢できずに、オレはヒナタの腕を掴んで叫んだ。 
オレがヒナタのこと好きじゃなくなるわけねぇだろ! 
ヒナタ以外の奴と付き合う気になんてなるわけねぇだろ! 
オレには……! 

ナルト「オレにはヒナタしか居ねぇ! ヒナタが一番だ!」 

そうやって、オレはオレの素直な気持ちを口に出した……つもりだった。 
でもヒナタの反応は、完全にオレの想定の外だった。 

ヒナタ「ッ……嫌! やめて!!」 

背を向けたまま、ヒナタは腕を振ってオレの手を払い、 
そして耳を塞いで、叫んだ。 

ヒナタ「ナルトくんなんて……!」

それ以降は、ヒナタは何も言わなかった。 
でも分かった。 
この後に続く言葉なんて、一つしかない。 

『女の子が誰かを本気で好きになったら、そう簡単には変われない』。 
サクラちゃんはそう言ってた。 
でも……そうだよな。 
簡単には変われないけど……変わらないわけじゃ、ないんだよな。 

ナルト「……ごめん」 

絞り出すように、ただそう言うことしかできなかった。 
もう何も言えない。 
背を向けて、ヒナタの部屋を出る。 

背後で、物音がした。 

ヒナタ「ご……ごめんなさい! 違うの、今のはっ……」

背を向けたオレに、ヒナタはしがみついて、そして謝った。 
『違う』って……そう、言って。 

ヒナタ「本当に、そんなことない、違うの……!」 

……そっか、違うのか。 
さっき言おうとしたことは……違うんだよな? 

ヒナタ「全部……私の、勘違いだったの、だから……!」 

勘違いか、そうか……。 
じゃあ仕方ないよな。 
勘違いなんだから、オレももう、気にしなくていいんだよな? 

ヒナタ「ナルトくん、大好き……っ」 

……あぁ。 
いいんだよな、信じても……。 
ヒナタはオレのことが好きって……信じても、いいんだよな?

これでナルト視点終了です。 
次から三人称視点に戻ります。

・ 
・ 
・ 
ナルト「……昨日はごめんな」 

ヒナタ「う、ううん。私の方こそ、ごめんなさい……」 

その後少し時間を置き落ち着いてから、双方互いに謝った。 
そして、強引にこの件を終わらせた。 
相手に謝りたいという気持ちもあったが、 
それより寧ろ早く忘れて楽になりたいという気持ちの方が強かった。 

この件以降、二人は共に忘れるよう努めた。 
気にしないよう努めた。 
あの幸せな生活に戻りたい一心で、必死に再現しようと試みた。

チョウジ「――あっ。あれナルトとヒナタじゃない?」 

シカマル「あぁ、そうみてぇだな」 

いの「やっほー、二人ともー!」 

ヒナタ「! こんにちは、いのさん、シカマルくん、チョウジくん」 

ナルト「よっ! 今日もお前ら三人一緒か」 

いの「それ言ったらあんた達もでしょ? いっつも二人一緒! アツイわねー、ほんと」 

ナルト「へへっ、そっか?」 

ヒナタ「それじゃ、私たちはこれで……じゃあね、みんな」

チョウジ「相変わらず仲いいねー、あの二人」 

いの「ほんとよねー。……って、シカマル? 何ぼーっとしてんの?」 

シカマル「ん、あぁいや……なんでもねぇ。んじゃ、オレらも行こうぜ」 

事実ナルトもヒナタも、それまで通りに振舞うことは出来ていた。 
顔を合わせ、会話し、笑い合う。 

元々の問題は何も解決はしていないと二人は理解していたが、 
それでもそうやって振舞うことで、心の陰を忘れられる気がした。 
忘れられた気に、なっていた。 

それでも、こうすることが正解なのだと思っていた。 
何もかも忘れて幸せを演じることが正解なのだと、そう思い込もうとしていた。 
自分は今、幸せなのだと。

・ 
・ 
・ 
ヒナタ「それじゃあナルトくん、お留守番よろしくね」 

ナルト「おう、任せろってばよ! ヒナタも気ぃ付けろよ!」 

ヒナタ「うん……行ってきます」 

あれから更に数日が経った日のこと。 
今日は珍しく、ヒナタが軽い任務に出ていてナルトが留守番だった。 

ヒナタを見送って、ナルトは居間のソファに座る。 
テレビに映る映像を眺める。

久しぶりに家で一人になったが、特にすることも思いつかない。 
ほとんど何も考えず、瞳にテレビの映像を写し続ける。 

しばらくそのまま意味のない時間を過ごしたが、 
適当に散歩でも行くか、と思い立ち、部屋に着替えに行った。 

タンスの中から服を取り出す。 
着替えを始め、そして上着に袖を通した時。 
翻った上着が、コツンと何かに当たった。 

見ると、棚の上に置いてあった写真立てが倒れている。 
ナルトは特に何を思うこともなくその写真立てを起こした……が、 
写真が目に入ると、ぴたりとその手が止まった。 

そこに写っていたのは、二人で隣り合って笑うナルトとヒナタだった。

確か初めて二人で撮った写真だ。 
この写真は、もちろん毎日視界には入っていた。 
しかしこうして手に取ってじっくり見るのは久しぶりだった。 

写真に映った自分たちの笑顔。 
その表情からは少し照れくささを感じるが、 
それでも、心の底から幸せそうに笑っていた。 

自分も、ヒナタも、とても幸せそうに笑っている。 
見ていると自然にこちらまで笑顔になりそうだった。 

ほとんど無意識に視線を外し、鏡に目を向ける。 
自分の顔が映る。 

そして、その顔がぐにゃりと歪んだ。

顔が歪む。 
視界が滲む。 
写真に雫が落ちる。 
流れ出る雫を止められない。 
嗚咽を止められない。 

この写真の中の笑顔……。 
ほんの少し前までは毎日見ていた顔だった。 
鏡の中で、そして、鏡の外で。 
自分は、ヒナタは、毎日こんな風に笑っていた。 

でも、もう、何日も見ていない。 
どんな風に笑えばこの笑顔になるのかも思い出せない。

自分は幸せなはずだった。 
忘れてしまえば幸せになれるはずだった。 

だから忘れようとしていた。 
思い込もうとしていた。 
そうすればまた今まで通りに、元通りになれると信じてた。 

でも、やっぱり違った。 
駄目だった。 
たった今はっきり分かった。 

自分は今、まったく幸せなんかじゃない。 
あの幸せは……どこか遠くへ行ってしまったままだった。

・ 
・ 
・ 
任務を終えたヒナタは夕方頃に里に帰り、カカシに報告をした。 
そして家へと向かう。 

今日の夕飯は何にしよう。 
早く帰らないと。 
ナルトくんがお腹を空かせて待ってるはず。 

そう思う心とは裏腹に、足の進みは速まらない。 
せめて天気が良ければ多少は気も晴れただろうが、 
空は分厚い雲に覆われ遠くでは雷鳴も響いているようだ。 
近々嵐になるかも知れない。 

ふとヒナタは、自分の視線が足元に落ちていることにふと気が付いた。 
いけない、これじゃまるで落ち込んでいるみたいじゃないか……と顔を上げた。 
そして、顔を上げたことを後悔した。 

サクラ「あっ、やっぱりヒナタだ」

ヒナタ「サクラさん……」 

サクラ「ずっと下向いちゃってるから、近付くまで分かんなかったわよ。 
    どうしたの、何かあった? 今任務から帰ってきたとこよね?」 

そう言って、丸っきりいつものように接してくるサクラ。 
そんなサクラを見て、ヒナタは、 

ヒナタ「……ううん、ちょっと疲れちゃってただけ。なんでもないよ」 

笑顔を浮かべて、そう答えた。 
自分の心を塗りつぶして覆い隠すための、笑顔だった。 

しかし次のサクラの一言で、ヒナタはその笑顔にヒビの入る音を聞いた気がした。 

サクラ「もしかして……ナルトのことで、悩んでる?」

ヒナタは答えられない。 
すべての思考が、言葉にならずに頭の中でごちゃ混ぜになる感覚がした。 

どうして……どうしてそんなことを言うの? 
どうして平気でそんなことを言えるの? 
ナルトくんと、あんなことしておいて…… 

ううん、違う。 
やっぱりあれは私の勘違いだったんだ。 
だからこうして相談に乗ろうとしてくれてるんじゃないか。 
それが何よりの証拠…… 

本当に? 
本当にそう言い切れるの? 
相談に乗るふりして、私のことをからかおうと…… 

そんなはずない! 
サクラさんがそんなことするはずない! 

違う、サクラさんは……違う、そんなの、私は……!

サクラ「……ヒナタ?」 

明らかにヒナタの様子がおかしい。 
流石に心配になり、サクラはヒナタの肩に手を伸ばす……が、 

ヒナタ「ごめんなさい。私、急ぐから……」 

そう言って、手を避けるようにヒナタは歩き出した。 
当然サクラはその後を追おうとする。 
しかしヒナタはサクラに背を向けたまま、 

ヒナタ「お願い……放っておいて」 

サクラは追うのをやめざるを得なかった。 
そのあとはただ、遠ざかるヒナタの背中に 
心配そうな表情を向けることしかできなかった。

サクラと別れしばらく歩き、ヒナタは人気のない路地裏で立ち止まった。 
前がよく見えなくて、これ以上は歩く気にならない。 

こんなに嫌な気分になったのは、初めてだった。 
昔も辛い目に遭ったことはあるけど、ここまで嫌な気分になったことはない。 

最低で、最悪な気分だ。 
今までこんなに……自分が嫌になったことは、なかった。 

大好きな人を信じられない自分が嫌だ。 
大切な友達を信じられない自分が嫌だ。 
絶対に見間違いだって、絶対に勘違いだって、そう思えない自分が嫌だ。 

私は本当に嫌な人間だ。 
サクラさんはすごく優しいのに。 
あんなに真剣に相談に乗ってくれて、今も私を心配してくれてる。 
その、はずなのに。

忘れることのできないあの光景。 
嘘をつかれたという事実。 
それが、心を黒く染める。 

疑うなんておかしい。 
あんなに優しい二人を疑うなんて許されない。 
頭ではそう思ってる。 
だけど、信じられない。 

あの光景を忘れようとしていた。 
勘違いだって思おうとしていた。 
思ってたつもりだった。 
それで幸せを取り戻したつもりになってた。 

でも、全然駄目だったって……今、はっきりわかった。 
あの幸せな毎日は、どこかに行ったままなんだって。

・ 
・ 
・ 
今の幸せが中身のない、偽りのものであること。 
そのことに双方気付いた。 
あの出来事は忘れることのできない現実であり、 
なかったことなどにはできないものであることに気付いた。 
だが…… 

ヒナタ「ただいま、ナルトくん」 

ナルト「あぁ、おかえり!」 

ヒナタ「お腹空いてるでしょ? 今からご飯作るね」 

ナルト「おう! 何か手伝うことあるか?」 

ヒナタ「ううん、大丈夫。すぐできるから座ってて?」

演じることをやめられなかった。 
この表面上の見せかけの幸せですら、失うのが怖かった。 
心の中に渦巻いているあの件に触れて、 
僅かに残った幸せの薄皮まで完全に崩れ去ってしまうのを恐れていた。 

だから互いに演じ続けた。 
しかし偽物の幸せを自覚した今、それを続けることは確実に両者の心を削っていく。 
そしてただ続けていても決して問題が解決することはない。 

この生活に慣れてしまうか……あるいは心が耐えられなくなるか。 
そのどちらの道を辿るとしても、今のままではこの先二人が幸せになる道は残されていなかった。 

が、幸か不幸か。 
この二人の行先を決定づける転機が訪れた。

・ 
・ 
・ 
カカシ「――さ、今回この五人に集まってもらったのは他でもない。 
    ちょっとした任務をやってもらうよ」 

翌朝、火影の執務室に並ぶ五人。 
彼らは全員同じ疑問を抱えていた。 

シカマル「まぁ任務は良いんですが、まず理由を説明してもらえませんかね? 
     なんでまたこの五人なんですか。今度は火星に行けとでも?」 

そう、今回招集されたメンバーは、ハナビを救うために集められたものと同じ。 
また何か大きな事件でもあったのかと勘ぐるのも仕方なかった。 
しかしカカシはのんびりとした調子で答える。 

カカシ「いいや、今回の任務はただの荷物の運搬。 
    それなりに貴重な骨董品を運んでほしいんだそうだ」

サイ「それがなぜこの五人に関係するんですか?」 

カカシ「別に直接に関係するわけじゃない。依頼主の指名ってだけだ。 
    それなりに権力のあるお金持ちのね。」 

シカマル「……なるほど。金も積まれて、しかもオレたちは他の任務に就いてるわけでもない。 
    これで断れば信用やら何やら色々めんどくせーことになると」 

カカシ「まぁ依頼主本人は、お前達なら確実に成功させてくれそうだから 
    って理由で指名しただけなんだろうけど…… 
    ただこの任務、ある意味じゃお前達が適任かも知れないよ」 

サイ「ボク達が適任……?」 

カカシ「運搬経路がちょっと普通じゃなくてね。忍でないとまず不可能だってことが一つ。 
    それから……この天候だ」 

そう言ってカカシが指した窓には、 
横なぶりの大粒の雨が打ち付け、ガラスも窓枠から外れんばかりにガタガタと揺れていた。

カカシ「ま、お前達にとっちゃこの程度の悪天候は問題ないだろうけど、 
    並の忍に任せるにはちょっと不安ってところだからな」 

サイ「ちなみに、天候を理由に先延ばしにすることは?」 

カカシ「それができたらやってる」 

サイ「ですよね」 

シカマル「まぁ、わかりました。そんじゃ詳しい説明をお願いします」 

シカマルに促されてカカシは任務の説明を始める。 
説明を聞きながら、シカマルは同時に一つ考え事をしていた。 

ここに集まった時から、ナルト、ヒナタ、サクラの様子がどうもおかしい。 
特にナルトとヒナタに関しては、少し前に偶然会った時から違和感を覚えていた。 
この任務、面倒くさいことにならなければいいが……。

・ 
・ 
・ 
シカマル「なるほど……こりゃ確かにめんどくせーな」 

里の門の前でシカマルは地図を広げて呟く。 
目的地まではかなり険しい道を通らねばならず、 
たかが数点の骨董品の運搬とは言え、カカシの言う通り忍でないと無理そうだった。 

ただ、手段さえあればその道を通る必要もない。 

シカマル「まぁこの程度の天候なら……サイ」 

サイ「うん。人数分でいいかな?」 

シカマル「あぁ」

手短なやり取りのあと、サイは墨で巨大な鳥を描き出す。 
そして現れた5羽の鳥の背に、それぞれ飛び乗った。 

シカマル「ナルト、荷を背負うのはお前の役目だ。しっかりやってくれよ」 

ナルト「おう、任せとけ!」 

シカマルの呼びかけに威勢良く返事をするナルト。 
それを受けてシカマルは、他のメンバーにも声をかける。 

シカマル「オレたちは全員でナルトを囲む形で移動する。 
     まぁ、特に何か起こるとは思わないが一応対処できるようにな」 

その指示に、他の3人は黙って頷く。 
シカマルはほんの一瞬ナルト、ヒナタ、サクラの3人の顔に視線をやり…… 

シカマル「……よし、行くぞ!」 

頼むから本当にしっかりやってくれよ、と祈りつつ出発の合図を送った。

・ 
・ 
・ 
依頼主「いやー、それにしてもこんなに早く届けてくださるとは。 
     流石は地球を救った英雄たちというわけですかな? いやはや素晴らしい!」 

シカマル「どうも、ありがとうございます」 

数時間後、特に大した問題もなく一行は無事目的地にたどり着いた。 
上機嫌な依頼主に、愛想よく応対するシカマル。 
その後も適当に言葉を交わし、 

依頼主「それでは気を付けてお帰りくださいね。またよろしくお願いしますよ!」 

シカマル「えぇ。こちらこそよろしくお願いします。それでは失礼します」

そうして一同は依頼主の部屋をあとにする。 
部屋を出て、誰も居ない長めの廊下を歩く。 
しばらくは全員黙って歩いていたが、サイが小声でシカマルに話しかけた。 

サイ「驚いたな。シカマルもあんな風に丁寧に話せるんだね」 

シカマル「当然だろ。六代目の話じゃ今回の依頼主は結構でかい人間みてぇだし、 
      めんどくせーけどきっちり対応するしかねぇよ」 

サイ「そうか、勉強になったよ。ところで……」 

と、サイは不意に後ろを振り向く。 
そしてまるで挨拶でもするかのように軽い口調で、 

サイ「ナルト、サクラ、ヒナタ。3人とも喧嘩でもしたの?」

わかっちゃいたがこいつやりやがった、とシカマルは思った。 
だが口には出さず、ただ三人を注視した。 
三人が三人とも一瞬、ほんのわずかに反応を見せた。 

しかしすぐに取り繕い、自然な笑顔で初めに口を開いたのはサクラだった。 

サクラ「え、何? 急に何言い出すのよサイ」 

サイ「いや、なんだかどうも会話がぎこちないように感じて。 
   もしかしたらナルトが浮気して三角関係にでもなったんじゃないかと思ってね」 

サイはにっこりと笑ってそう言う。 
本気でそう思ってるわけではないことはその場の誰もが分かっていた。 
もちろんナルトとヒナタも。

ナルト「浮気ってお前なぁ……」 

いつもの、空気の読めないサイの毒舌。 
サイがこういう人間だと全員知っていた。 
ただ、冗談だとしても今のナルトにはそれに付き合う心の余裕はなかった。 
あまり度が過ぎると流石に少しイラついてしまいかねない。 

次にサイの毒舌が出たら文句の一つでも言ってやろう。 
ナルトはそう思い身構えていた。 

サイ「もしそうだとすればナルト、君は最低ですね。人間として最悪のゲスヤリチ……」 

やっぱり来た。 
想定通りのサイの毒舌を制そうとナルトが口を開きかけた、次の瞬間。 

ヒナタ「違う!!」

一際大きな声が、サイの毒舌を止めた。 
その場に居た誰もが予想し得なかった事態。 

恋人を悪く言われるのが嫌だ……。 
その気持ちは当然だし、冗談であっても否定するのも当たり前。 

しかし、まずヒナタがここまで声を荒げることは誰もが考えていなかった。 
これまでもナルトが毒舌でからかわれることはあったが、 
そのたびヒナタはやんわりとサイを制していた。 
いつものヒナタとの違い。 
それがまず引っかかった。 

そしてもう一つ。 
ヒナタの反応は……ただサイの言葉を否定しているだけには聞こえなかった。 
ただ、だとしたら一体どういう反応なのか……。 
そこまでは、誰も読み取れなかった。 
それほどまでに今のヒナタの感情は複雑であった。

ヒナタ「ナルトくんは、そんなことしない……。そんな人じゃ、ないよ」 

サイ「あぁ……うん。ごめん、少し冗談が過ぎたみたいだね」 

ヒナタ「……行こう。早く帰って火影さまに報告しなくちゃ」 

そう言ってヒナタは歩き出す。 
ナルトは先を歩くヒナタに……声をかけられなかった。 
先ほどの大声に驚いたこともあり、 
ナルトはほとんど無意識にヒナタに視線を送り続けていたのだが 
対してヒナタはナルトの方を一度も見ようとはしなかった。 

ナルトにはヒナタの考えることが、本当に分からなかった。

・ 
・ 
・ 
任務を終えた5人は木ノ葉への道を急ぐ。 
ただ、行きとは決定的に違う点があった。 
それは……全員が地を走っているという点。 

めんどくせーことになりやがった、とシカマルは思った。 
ナルトやヒナタたちのことももちろんだが、それだけではない。 
道中で急激に天候が悪化したのだ。 

雨も風も往路の比ではない。 
雷も頻繁になっている。 
この天気では空を行くのはあまりに危険だということで、 
やむを得ず陸路を行くことにした。

しかしだからと行って安全かと言われれば当然そんなわけもない。 
先に説明を受けていた通り、空を行かないのであれば非常に険しい道を通らざるを得なかった。 
いや、もうほとんど道ですらなかった。 

すぐ下に濁流の流れる絶壁を、僅かな足場を踏み外してしまわないよう慎重に進んでいる。 
足場は非常に狭く横から下から風雨が打ち付ける。 
壁や天井に立っているわけでもないのに、 
足にチャクラを集中しなくていなければ風で吹き飛ばされかねないほどだ。 

慎重にとは言っても、悠長にはしていられない。 
ただでさえぶ厚い雷雲に覆われた太陽が、もう沈みかけていた。 
今ですら、最悪と言っていい視界だ。 
こんな場所で夜を迎えてしまえば、白眼を持つヒナタ以外はまず動けなくなる。 

更に悪いことに、下を流れる濁流と、雷鳴と、激しい風雨により、 
視覚だけでなく聴覚もろくに役に立たない、そんな状況だった。

しかしそんな状況でも、足を止めることはできない。 
この地形はまだしばらく続き、 
ここを切り抜けるまではとてもじゃないが身を休めることなど不可能。 
最悪なのはこの地形を抜ける前に日が暮れてしまうことだった。 
それだけは避けなければならない。 

だが今のところは順調に行っている。 
この調子であれば日暮れに余裕を持って、絶壁を切り抜けられるはずだ。 

ただ、それでもシカマルはやはりここで一度止まるべきだと思っていた。 
というのも……隊列が乱れ始めていたからだ。 

道が狭いため一列に進んでいたのだが、先頭を行くナルトが明らかに先行しすぎている。 
そしてその後ろに続くヒナタも、ナルトのあとを追うように、 
後続の三人から距離を離してしまっている。

ここまで距離が離れるのは流石にまずい。 
視界の悪さもある。 
一度隊列を組み直し、ヒナタを先頭に置くべきだ。 
それなら隊全体の安全性が増すはず。 

そう考えたシカマルは、すぐ後ろに居るサクラに大声で声をかけた。 

シカマル「サクラ! ここで隊列を組み直す!!」 

サクラ「! わかった!」 

距離の近いサクラはすぐに指示を理解したが、 
更に後方のサイはやはり聞き取れていない。 
サクラは天候を恨みつつ、サイにも同じ指示を叫ぼうとした……その時だった。

異変に気付いたのはただ一人。 
ヒナタだけだった。 

離されないよう、置いていかれないよう、ナルトの背を追っていたヒナタ。 
ナルトはただ正面だけを見て、先を進み続ける。 

そんなナルトの背中を見続けるヒナタの視界の端に、動くものが見えた。 
白眼を持つヒナタだけに見えた。 
これから自分たちが通るであろう道筋の側面、岩壁。 
その遥か上方が、『動いた』。 

そしてそこから下方の壁の表面……いや、表面などという言葉ではまるで足りない。 
切り立つ崖全体がまるで意思を持っているかのように動き始めた。 

ヒナタ「ッ……! ナルトくん止まって!!」

しかしそこには意思などない。 
善意も悪意もない。 
それは敵の忍の術などではない、単なる自然現象。 

……悪天候による突然の崖崩れ。 
ただし災害と呼ばれる規模の中でも更に大きなものが、今まさに置きていた。 

しかしそのことに誰も、当然ナルトも気付いていない。 
ただでさえ暗い視界が風雨で狭まり、鼓膜は常に轟音で震え続けている。 
崖の崩れる音も、迫る土砂の音も、ヒナタの声も、ナルトの耳には届いていない。 

  『このままでは確実にナルトは巻き込まれる』 

その事実に至った瞬間、ヒナタの頭から思考は消えた。

全てのチャクラを足に集中させ、一気に加速した。 
みるみるうちにナルトとの距離が縮まっていく。 

良かった、大丈夫。 
これなら回避が間に合う。 
肩を掴み、声をかける。 
それからでも土砂が到達するまでには回避できる。 

ほとんど追いつき、そう安心しかけて、ヒナタはナルトに手を伸ばす。 
……しかしそんな二人に襲いかかったのは、土砂ではなかった。 

巨大な岩石。 
いつの間にかすぐ横に迫っている大岩にヒナタは気付いた。

そして次の行動はほとんど反射に近かった。 
一切の理屈は考えられなかった。 

ヒナタはやっと追い付いたナルトの背中を、前方に思い切り突き飛ばした。 

ナルト「っ……!?」 

突然の衝撃に態勢を崩しながらも、ナルトは振り向く。 
そして目に映る。 

自分を突き飛ばした、ヒナタの顔。 
泣いているのか、笑っているのか、怒っているのか……。 
初めて見る、ヒナタの表情。 

そしてナルトが答えを出す前に、視界からヒナタは消えた。

・ 
・ 
・ 
――あれ? 
私、どうなったんだっけ。 

……そうだ、確か任務の途中で。 
崖崩れが起きてナルトくんを庇って。 
それで……どうしたんだっけ? 

よく思い出せない。 

そもそも、どうして私はナルトくんを助けようとしたんだっけ? 
冷静に考えれば、崖崩れや大きな岩なんか 
ナルトくんならきっと一人でもなんとかなるはずなのに。 
今までもっと危ない目にあっても、無事だったんだから。 

だから私が庇ったりしなくても、別に良かったはずなのに……。 
どうして助けようなんて思ったんだろう。

全然、思い出せない。 
あの時私が何を考えていたのか。 
忍術を使ったりしなかったのは、多分それじゃ間に合わないと思ったからなんだろうけど……。 

もしかしたら何も考えてなかったのかも知れない。 
危ないから助けなきゃ、 
大好きなナルトくんを助けなきゃ……って。 
ただ単純にそう考えただけだったんだろうな。 

……多分そうだと思う。 

でもやっぱりよく思い出せない。 
どうしてだろう。 
どうして私はあんなに必死に、ナルトくんを助けたんだろう。 
私は、どうして……

崩落した岩の隙間からは赤いこれ以上ないほどの真っ赤に染まった液体が流れ出していた 

ナルトは何が起こったのか今だに理解する事ができないでいた 

岩の隙間からキラッキラともれ出す光にナルトは気づいた 

ナルト「きっとヒナタがここにいるよ無事だよって伝えようとしてるんだってばよ」 

急いでその場に駆け寄ると… 

ヒナタの一部であったであろう千切れた右手とナルトがヒナタに初めてプレゼントした指輪がただ悲しく光っていたのでした

ナルト「あ、あ、アアアアアアァァァァァ」

・ 
・ 
・ 
ヒナタ「……ん……あれ」 

ナルト「ヒナタっ……!」 

木ノ葉隠れの里の病院、その一室。 
ベッドで横になるヒナタの周りに、ナルト、サクラ、サイ、シカマルが立っていた。 
しかしヒナタにはまだ状況が把握できていない。 

サクラ「ヒナタ、意識ははっきりしてる? 何があったか覚えてる……!?」 

ヒナタ「あ……うん。任務の帰りに崖崩れが起きて、それで……」

しっかりした口調で答えるヒナタを見て、サクラはほっと息をついた。 

サクラ「良かった、取り敢えずは問題ないみたい。 
    外傷も全部治したし……。ただ一応、もう少し休んでないと駄目よ」 

ヒナタ「うん……ありがとう」 

そう言ってヒナタは再び周りを見回す。 
と、ナルトと目があった。 
見たところ何の怪我もない。 
あの巨岩にも崖崩れにも、巻き込まれずに済んだみたいだ。 

良かった、ナルトくんに怪我がなくて。 

笑顔を浮かべ、優しい口調でそう言いかけたヒナタは、次の瞬間。 
驚きと僅かな痛みに顔を歪めた。 
ナルトは突然、これまでにない力でヒナタの両肩を掴み、そして…… 

ナルト「何、やってんだよお前ッ……!」

その時のナルトの目。 
それは、ヒナタが初めて向けられる目だった。 

そこに込められた感情全てを読み取ることは不可能だったが、 
それでも一つだけ、ナルトの目に宿ったものをヒナタは痛いほどに感じた。 
それはヒナタが初めてナルトから向けられる……怒りだった。 

ナルト「無防備であんな大岩食らえば無傷じゃ済まねぇことくらい分かんだろ!? 
    しかもよりによって頭打って……! 
    今回は気絶で済んだけど、下手すりゃもっとやばかったかも知れねぇんだぞ!!」 

ヒナタ「っ……」 

ナルトに怒鳴られる。 
初めての経験に、ヒナタは完全に萎縮してしまっていた。

平常であればナルトはこのヒナタの様子を見て、落ち着きを取り戻しただろう。 
しかし止まらない。 
ナルトは自力では感情を抑えることができなかった。 

そんな様子を見て、サクラはナルトを止めようとした。 
目を覚ましたばかりのヒナタにきつく詰め寄るナルト。 
医療忍者として、そして友人として、止めないわけにはいかなかった。 
しかしサクラの制止の声は口から出ることはなかった。 

突然、壊れんばかりの勢いで病室の扉が開かれ、 
そして小さめの影が飛び込んできた。 

ハナビ「姉様っ!!」 

息を切らせて、部屋の入口に立つハナビ。 
病室内の全員の視線がハナビに注がれるが、彼女の視線はただ一方向。 
泣き出しそうな表情のヒナタと、その両肩を掴むナルトに向けられていた。

ハナビ「っ……さっきの怒鳴り声、やっぱり……! 
    どういうこと!? なんでナルトさんが姉様に怒鳴るの!?」 

事情が分かっていないため、ただその状況に怒りを顕にするハナビ。 
そんなハナビに、感情の不安定なナルトとヒナタは、 
冷静に状況を説明するほどの余裕がなかった。 
その代わりに、シカマルが落ち着いた口調で口を開く。 

シカマル「ナルトを庇ってヒナタが無茶してな……。 
     それでこいつはヒナタを責めてんだ」 

ハナビ「! ナルトさんを庇って……?」 

シカマルの言葉を聞いてハナビは再びヒナタに視線を向ける。 
だがヒナタはその視線から、申し訳なさそうに俯いて目を逸らした。

説明を聞き、ハナビは状況を一応は理解した。 
病室の外にまで響いていたナルトの怒声にも、理屈の上では納得した。 
だが、本当に落ち込んだ顔で俯く姉の姿を見て……感情的には納得できなかった。 

ハナビ「そんなのっ……だからって、そんなに責めることないじゃない! 
    姉様はただ、大好きな人を守ろうとしただけなんだよ……。 
    自分を守ってくれた人なのに、 
    ナルトさんはどうしてそんなに強く責められるの!?」 

ナルト「……それとこれとは、話が別なんだよ……!」 

ハナビ「何が別なの! 姉様がどんな気持ちでナルトさんを守ろうとしたのか分からないの!? 
    大体、今まで姉様がどんなに辛い思い……」 

ヒナタ「ハナビ!!」

それもまた突然だった。 
つい数秒前まで弱々しい表情で俯いていたはずのヒナタの、強い口調。 
ハナビはその声に気圧される。 
そして次にハナビが口を開く前に、 

ヒナタ「……やめて、ハナビ。私が悪かったの。 
    だからナルトくんを責めないで……お願い」 

ハナビはまだ何か言いたそうにしていたが、 
ヒナタの目に宿る懇願の色を見て、言葉を飲み込み俯いた。 
それを確認し、ヒナタはナルトに向かって……しかし目を伏せたまま静かに言った。 

ヒナタ「無茶してごめんなさい、ナルトくん」

その謝罪を受けてナルトは、ほとんど無意識に目を逸らした。 
既に感情の昂ぶりは収まっている。 
そのまま何秒かの沈黙が流れる。 
そして互いに目を合わせないまま、ナルトは独り言のように呟いた。 

ナルト「……二度と、あんな無茶はしないでくれ」 

ヒナタ「……」 

ナルト「そんな目に遭ってまで、オレを守ることねぇ。 
    次はもうオレに何かあっても何もするんじゃねぇ。 
    オレのことなんか……無視すりゃいいんだ」 

自虐とも取れるようなその言葉。 
そこまで言って、ナルトは黙り込む。 
またヒナタもその言葉を黙って受け入れた……と、その場の誰しもが思っていた。


   「……どうして……」 

ぽつりと漏れた、ほとんど吐息のような声。 
しかしその声は確かにナルトの耳に届いた。 
俯いていた顔を、思わずヒナタの方へと向ける。 
すると、目が合った。 

それはナルトが初めて見る……初めて向けられた目だった。 
ヒナタの口から漏れた言葉と、その目から滲み出る感情。 
ナルトはそれを感じ取った。 

だがそれは、気のせいだったと錯覚しかねないほどの一瞬のこと。 
一瞬後にはヒナタの目から先程の感情は消えた。 
目を逸らし、再び俯き、ごめんなさいと呟いた。

しかしナルトは……その謝罪を受け入れなかった。 
受け入れるべきではないと思った。 

ヒナタが本当にしたいのは、謝罪なんかじゃない。 

ヒナタの心の内から漏れ出した、言葉と、表情。 
『どうして』……。 
その言葉の真意すべてはナルトには図りかねた。 
しかしはっきりと伝わった。 
その言葉とヒナタの目には、謝罪とは違う……寧ろ真逆の色が宿っていた。 

そしてヒナタはそれを隠した。 

  『大丈夫だよ』『私は平気』『全然気にしてないから』 

今までと、同じように。

ヒナタは自分の心を隠す。 
それはヒナタが望んでいること。 
だからヒナタのためにも、詮索するべきじゃない。 

  『あんたに気を遣わせないために我慢してるに決まってるじゃない!』 

……本当に? 
本当にそうなのか? 
それが本当にヒナタのためになるのか? 

  『大体、今まで姉様がどんなに辛い思い……』 

ヒナタはどんな思いをしてきたんだ? 
どんな思いで心を隠してきたんだ? 
分からない。 
分からない。 

そうだ……オレは、ヒナタのことを何も分かっていない。

ナルト「みんな、悪い。少しヒナタと二人にしてくれ」 

静かに、だがしっかりとした声でナルトは言った。 
その言葉にヒナタはぴくりと肩を震えさせる。 
顔を伏せたまま。 

そんなヒナタの様子を、特にハナビは心配そうに見つめていた。 
本当に二人きりにしても大丈夫なのか、 
そう不安に感じているのがハナビの表情から見て取れた。 
そして不安を抱いているのはサクラも同じだった……が、それでも。 

サクラ「……行きましょう」 

ハナビの肩に手を添え、言った。 
そんなサクラの顔を見上げてハナビはしばらく逡巡し、ようやく頷いた。

サクラ「でも、ナルト。私は医療忍者だから……」 

ナルト「分かってる。部屋の傍で待っててくれて良い」 

その言葉を受けて、サクラは黙って頷き、そして皆と共に病室を出た。 
あとにはヒナタとナルトだけが残される。 

ヒナタはまだ俯いていた。 
その表情は不安に満ちていた。 

ヒナタが自分と二人きりで居ることで不安を感じている、その事実にナルトは少し胸を痛めた。 
そしてだからこそ……絶対に解決しなければならないと。 
改めてそう強く感じた。

ナルト「……言ってくれ」 

小さな声でただ一言、ナルトはそう言った。 
これまでにないナルトの声色にヒナタも思わず顔を上げた。 
そして目が合い、ヒナタは思わず目を見開いた。 

そこにはヒナタのよく知る、ナルトの瞳があった。 
真っ直ぐで、強い意志を持つ……ヒナタの大好きなナルトの瞳がそこにあった。 

ただヒナタはナルトのその言葉の真意が分からなかった。 
……分からない振りをした。 

ヒナタ「え、っと……ごめんなさい。言ってくれって、何を……」 

薄っぺらい笑いのようなものを顔に貼り付ける。 
だがそんなヒナタに、ナルトはまったく変わらない表情で、真っ直ぐに、 

ナルト「お前が思ってること全部、言ってくれ。言いたいことがあるはずだ」

ヒナタ「な……何の、こと? 私は何も」 

ナルト「頼む、ヒナタ」 

正面からヒナタの目を見据えるナルト。 
ヒナタはその瞳から目を逸らすことができなかった。 

頼む、というナルトの言葉。 
態度こそヒナタに詰め寄っているように見えるものの、 
そこに責める気持ちはほんの僅かもない、心の底からの懇願。 
それから…… 

ナルト「……今まで辛い思いさせて、本当にごめん」 

これまでも何度か聞かされた言葉。 
そのたびにヒナタは優しい笑顔と言葉を返してきた。 
そしてもちろん今回も今までと同じ言葉を、 

ヒナタ「どうして……そんなこと言うの……?」

視界が滲む。 
眉根に力が入る。 
唇が震える。 
声も震える。 

ヒナタ「どうして、ナルトくん、どうして……!?」 

ヒナタはただそう声を絞り出して、ナルトの胸元にしがみつく。 
ナルトはただ黙って、ヒナタの囁くような叫びを聞き続ける。 

ヒナタ「私、分からない……ナルトくんのことが分からない! 
    ナルトくんは、私のことをどう思ってるの……!?」 

ナルト「好きだ……ヒナタのこと、心の底から大好きだ」 

ヒナタ「じゃあどうして……! どうして私を置いていこうとするの!?」

ヒナタは、思い出した。 
自分がなぜナルトを助けたのか。 
少し考えれば……いや、考えなくても、自分が助ける必要などないと分かるはず。 
なのになぜ、ナルトを助けようとしたのか。 

愛する者に危険が及ぶと、理屈抜きで体が動く。 
それも確かにある。 
だが、ヒナタはナルトの強さを信頼していた。 
これまでも戦いの中で幾度となく、危険な目に遭うナルトを遠目に見守っていた。 

しかし今回は信頼などそっちのけで、ナルトを助けることに体が動いた。 
それはなぜだったか。 

その理由は……恐怖だった。

ナルトとの距離が離れることが怖い。 
ナルトと離れ離れになることが怖い。 
ナルトに置いていかれることが怖い。 
ただただ、ナルトを失いたくない。 

数日前から徐々に、また突如として遠のいた、ナルトとの距離。 
それはヒナタの中の恐怖心を無自覚に増幅させた。 
そして、あの嵐の中で爆発した。 

必死に追っているのに縮まらない。 
どんどん距離が開いていく。 
背中がどんどん遠ざかる。 

  『待って、ナルトくん、行かないで!』 
  『私を置いて行っちゃ嫌だ!』 
  『お願いナルトくん、お願い!』 

ヒナタ「私を……私を一人にしないで!!」

一人は嫌だ! 
ナルトくんが一緒じゃないなんて、絶対に嫌! 
ナルトくんが居ない生活なんて考えられない! 

  『次はもうオレに何かあっても何もするんじゃねぇ』 
  『オレのことなんか……無視すりゃいいんだ』 

嫌だよ、嫌だ!! 
何もしないなんて、無視するなんて、絶対に嫌!! 
ナルトくんはいいの!? 
私に無視されても平気なの!? 

私は平気じゃなかった!! 
誕生日を祝ってもらえなくて、大切な日に一緒に居てもらえなくて、 
任務で一週間も一緒に居られなくて……!!

ヒナタ「全然平気じゃなかった! 
    寂しくて、悲しくて……もうあんな思いをするのは嫌!!」 

抑え続けていた悲しみが、不満が……ここ数日の精神的負荷により増幅し、そして爆発した。 
ヒナタは叫び続ける。 
ナルトの胸にすがり、何度も、何度も胸板を叩き、叫び続ける。 

ヒナタ「ただおめでとうって、そう言ってくれるだけで良いのに……! 
    プレゼントも、そんなのも要らない……ただそれだけで良かったのに! 
    大切な日に一緒に居てくれるだけで、良かったのに……!」 

ナルトはただ黙って、すべて受け止める。 
ヒナタの不満をすべて。 

ヒナタ「約束、してくれたのに……帰ってくるって、だから、待ってたのに……。 
    楽しみに、待ってたのに……! 酷いよ、酷いよナルトくん! 
    ナルトくんなんて……!」

そしてヒナタは、あの時言えなかった言葉を口にした。 
口に出すのが怖くて心の奥底に隠し続けて、それでもずっと抱いていた想い。 
ヒナタが本当に言いたかった言葉を。 

ヒナタ「……嫌いに、ならないで……」 

ナルト「ヒナタ……」 

ヒナタ「私、ナルトくんのことが好き……大好き……! 
    お願い、ナルトくん……ナルトくんに、私……嫌われたくない……!」 

本当に、心の底からの悲痛な願い。 
悲哀、絶望、恐怖……心の底から怯える声。 
それを聞いたナルトはもう、我慢の限界だった。 
下がっていた両腕を上げ、力強く、思い切りヒナタを抱きしめ、そして…… 

ナルト「嫌いになんて、なるわけねぇだろ……! 
    オレはお前のこと、大好きなんだから!!」

その言葉にヒナタは息を呑む。 
そして一息もつかぬ間にナルトはヒナタの両肩を掴み、 
胸元からぐいと引き離して、今度はしっかりと目を見据え、言った。 

ナルト「前にも言っただろ……オレにはヒナタしか居ない!! 
    オレはただ一人、お前だけが!! 本当に大好きなんだ!!」 

ヒナタ「っ……!」 

  『オレにはヒナタしか居ない』 

以前と同じ言葉。 
ヒナタが拒絶した、あの言葉。 
以前はヒナタに届かなかった。 

だが……届いた。 
ヒナタの心に今度こそ、ナルトの言葉が届いた。

しかしだからこそ……ヒナタは混乱した。 
間違いなくナルトの今の言葉は本物だった。 
なら、あの時見たものはなんだったのか。 
聞き間違いでもないし、見間違いとも到底思えない。 
あの光景は…… 

ヒナタ「じゃあ……サクラさんは……」 

ナルト「え……」 

ヒナタ「お茶屋さんで……サクラさんと、キス……」 

うわ言か夢の中のことを話すようにそう言うヒナタ。 
ナルトは一瞬なんのことか分からなかった。 
しかし脳の全能力を記憶の検索にあて……思い当たるフシがあった。 

ナルト「サっ……サクラちゃんちょっと来てぇええええええええッッ!!」

サクラ「どっ、どうしたのナルト!?」 

シカマル「何があった!!」 

ハナビ「姉様、どうしたの姉様!?」 

サイ「危険だ! ハナビちゃんは下がって!」 

ナルト「うわっ!? お前らは良いんだよ別に! サクラちゃんだけで!」 

病室が一気に慌ただしくなる。 
その変貌について行けず、ヒナタはしばし呆然とする。 
そしてナルトは皆をなだめる。

サクラ「そ……それで、どうしたのよ。急に呼び出して」 

ひとまず全員落ち着いた。 
本当はサクラ以外には出て行って欲しいが、今のナルトにはその時間も惜しい。 
とにかく早く、ヒナタの誤解を解きたかった。 

ナルト「ヒナタが誤解してたんだ! あの、こないだの茶屋で会った時のこと! 
    あれ見てて! ヒナタが見てて! キスに見えたって!」 

サクラ「え……えッ!? あれ、えっ!? うそ!?」 

ヒナタ「……」 

サクラ「ちっ、違うのよヒナタ! アレは私の目にゴミが入って! 
    それをナルトが見てくれてただけなの!」 

ヒナタ「……目に、ゴミ……?」

ハナビ「えっと……何? どういうこと?」 

シカマル「つまり、ナルトのアホがサクラの目に入ったゴミを確認するために顔を近付けた。 
     それを遠目に見たヒナタが、二人がキスしてると勘違いした……ってことだろ」 

ナルト「そう! その通り!」 

サイ「……? でも今ひとつ分からないな。 
   どんな風にすればキスしてるように見えるんだい?」 

ナルト「いや、だからこんな風にやっちまったんだよオレってば!!」 

ヒナタ「あっ……」 

そう言ってナルトは、ヒナタに向き直り……あの時のことを再現してみせた。 
顔を両手で挟んで固定し、そして顔を近付けてヒナタの目を至近距離で覗き込む。

サイ「……なるほど、よく分かりました。君がアホだということが」 

ナルト「ま、まぁ否定はできねぇよ。それよりヒナタ! これで分かってくれたか!?」 

ヒナタ「……うん」 

ナルト「そ……そっか! 他にはねぇか!? なんか誤解あったら全部解きたいんだ!」 

ヒナタ「……サクラさんと会ってたのを隠したのは……」 

サクラ「! そ、そっか……それは私のせいね。私がナルトにそう言ったの。 
    その……ダイエット中に茶屋に行ったこと、知られたくない、って……」 

ヒナタ「あ……そう、だったんだ……」

ハナビ「そんなことがあったのね……」 

シカマル「はぁ~……めんどくせーな、恋愛ってのはよ。 
      こういう勘違いからどんどんめんどくせー方に転がりやがる」 

サイ「そうだね、勉強になったよ」 

思わぬ誤解が生じていたことに三者三様の反応を見せるハナビたち。 

しかしその誤解は今解けた。 
ヒナタも、ナルトとサクラの言い分を信じた。 
二人は嘘を言っていない。 
目を見ればそれははっきりと伝わってきた。 

だが、ヒナタの表情は暗く、俯いている。

そんなヒナタの内心を知ってか知らずか。 
サクラはベッドに近付き、手を軽く握り、 

サクラ「……ごめんなさい。私のせいで、ヒナタを傷付けて……」 

ヒナタ「え……」 

サクラ「友達のつもりで、相談に乗らなきゃなんて考えたりして……。 
    でも、本当は私がヒナタに辛い思いをさせてたのね。 
    本当に……ごめんなさい」 

誤解とは言え、ヒナタの心を深く傷付けた原因が自分にあった。 
それを自覚しての謝罪。 
床に膝をつき、ベッドのヒナタを見上げるようにしてサクラは謝る。 
そして……サクラの手に、ぽたりと雫が落ちた。 

ヒナタ「っ、くっ……ひぐっ……。ごめん、なさい……ごめんなさい……!」

ヒナタ「信じなきゃ、いけなかったのに……私、疑って……。 
    サクラさんも、ナルトくんも、大切なのに……大好きなのにっ……!」 

サクラ「……ヒナタ……」 

嫉妬に心を歪めて、最愛の人を、友人を疑った自分をヒナタは責めた。 
そして、そんな自分を責めるどころか謝ってくれるその優しさに、 
涙を流さずには居られなかった。 

ヒナタ「私が、悪かったの……! ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」 

何度目か分からないヒナタの謝罪の言葉。 
しかしそれは、これまでのような自分の心を隠すための謝罪ではない。 
心の底からの、自分の過ちを償いたいという、ただその一心からの謝罪だった。

だからナルトは、サクラは……受け入れた。 
二人で両脇から、そっとヒナタの肩を抱き寄せる。 

ナルト「あぁ……気にすんな。悪いのはオレも同じだ。 
    お前に辛い思いさせて、しかもオレが先に…… 
    お前の想いを、疑っちまったんだ。許してくれ、ヒナタ……」 

サクラ「ごめんね、ヒナタ。ごめん……。私たちのことも、許してくれる……?」 

ヒナタ「うん、うんっ……! うぁあああ……ぅああぁああああん!!」 

三人は謝りあい、そして許しあった。 
気付けばヒナタだけでなく、三人が全員涙を流し、そしてただ泣いた。 
泣いて、泣いて……次第に泣き声は消え、そして笑い声に変わった。 
泣き声は笑い声に、そして泣き顔は笑顔に。 

涙でぐしゃぐしゃになったその笑顔は、 
本当に、本当に、心の底から……幸せそうな笑顔だった。

・ 
・ 
・ 
サイ「良かったのかい、サクラ。もう少し三人で話をしたかったんじゃ?」 

サクラ「何言ってんのよ。さっさと二人きりにしてあげなきゃ。 
    久しぶりの二人の時間なんだから」 

サイ「久しぶり? あの二人、別居でもしてたの?」 

ハナビ「同じ空間に居るだけの時間は、二人の時間とは言わないんですよ!」 

サイ「ふむ……難しいな。恋愛はいくら勉強してもし足りないね」 

シカマル「しかし助かったぜ……。 
     里にとっての大損害になるとこだった。いやマジな話」

サクラ「確かに。もしあのままヒナタが目を覚まさなかったらと思うと……」 

ハナビ「え、どういうことですか?」 

シカマル「お前は居なかったから知らねぇだろうが、 
      ヒナタが気絶してる時のあいつ、滅茶苦茶ヤバかったぞ」 

ハナビ「……そ、そんなに? それは心配し過ぎで?」 

シカマル「それもあるだろうが、ありゃ自分を責めてたのもあるだろうな。 
      自分が隊列を乱さなければこんなことにはならなかった、ってな」 

サイ「あのままヒナタが死んでたら多分ナルト自殺してたよね」

ハナビ「もう、タチの悪い冗談はやめてくださいよ。自殺なんてそんな大袈裟な……」 

シカマル「……」 

サクラ「……」 

ハナビ「お、大袈裟でもないんだ……。 
    じゃあナルトさんにはちょっと、悪いことしちゃったかな。 
    そうとも知らずあんなに文句言っちゃって……」 

シカマル「いいや……あんときゃアレで正解だ。おかげでナルトの熱も冷めたし、 
     解決に向かういいきっかけになった。正直お手上げだったからよ」 

サイ「シカマルの自慢の頭脳もてんで役に立たなかったね。 
   恋愛に関してはこんなに役立たずになるなんて少し意外かな」 

シカマル「うるせぇな。だからめんどくせーんだよ、恋愛なんてのは」

サクラ「まぁ恋愛はね……。でもとにかく、無事解決して良かったわ。 
    ヒナタもあと少し休めばもう家に帰って大丈夫だし」 

ハナビ「本当、姉様が無事で良かった……。 
    こんな時に父様は居ないし、もう不安で仕方なかったもん」 

サイ「もしヒナタが死んでたら、無駄死にどころかナルトを道連れにしてたんだしね。 
   いやあ、ヒナタが無事でいてくれて本当に良かった」 

ハナビ「……」 

シカマル「……お前それぜってぇヒナタの前で言うんじゃねぇぞ」 

サクラ「言ったら全力で殴る」 

サイ「? あ、うん。気を付けるよ」

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・ 
それから数時間後。 
もう問題ないということで、ヒナタは既に病院をあとにしていた。 
そして今はナルトと二人で帰宅している。 
玄関に入り、そして荷物を置く。 

ナルト「ふ~! なんか、やっと我が家に帰ってきたって感じだってばよ!」 

ヒナタ「うん……私も同じ気分かな。 
    昨日まで、まるで違う人の家みたいだったから……」 

ナルト「……そうだな。でも、それももう終わりだ! 
    今日からはまた『オレたちの家』に元通りだぜ!」

ナルト「っと……そうだ、ヒナタ。お前と話をしておかなきゃならねぇことがあったんだ」 

ヒナタ「……それって……」 

ナルト「あの、もらったネックレス。お前はどうするつもりだ……?」 

そのナルトの問いに、もうヒナタは狼狽えない。 
ほんの少し下を向き、考えをまとめ、そして顔を上げた。 

ヒナタ「やっぱり、返さなきゃいけないと思う……。 
    明日にでもあの人を探して、返してくるよ」 

ナルト「……そっか。そいつにも、謝んなきゃな」 

ヒナタ「うんっ……」

・ 
・ 
・ 
男「……そう、ですか」 

ヒナタ「ごめんなさい……。一度受け取った物を突き返すなんて、 
    酷いことをしているのは分かっています。 
    だけど、やっぱり……私にこのプレゼントは、受け取れません」 

男「いえ……元々、無理を言ったのはオレです。 
  一度受け取って貰えただけで十分……あなたの優しさが伝わりました」 

ヒナタ「……」 

男「そんな顔をしないでください。オレもあなたの幸せを願う人間の一人なんですから」 

ヒナタ「!」

男「だからどうか、笑ってください」 

ヒナタ「はい……ありがとうございます」 

男「じゃあ、もう行きますね。ナルトさんとお幸せに」 

にっこりと笑って、男は立ち去っていった。 
当然悲しそうではあったが、それでも男の言葉は本心だった。 

ヒナタは男の想いには応えられないが、 
自分の幸せを心から願ってくれている人が居るという事実だけは、 
ずっと忘れずに心の中に留め続けようと決めた。 

立ち去る男の背中に一礼し、そしてヒナタも背を向けて駆け出した。

・ 
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・ 
そしてその夜。 
一緒に夕食の準備をする二人。 
久しぶりの心からの安らぎの時間。 
ナルトもヒナタも、とても幸せだった。 

そしてナルトは、この幸せのためならどんなことも惜しまないと、そう決めた。 
だからヒナタに一つ提案をした。 

ナルト「あのさ、ヒナタ。実は明日、カカシ先生のとこにお願いに行こうと思ってるんだ」 

ヒナタ「お願い?」

ナルト「あぁ。オレの任務、もうちょい減らしてくれないか、って。 
   そうすればもっとヒナタと一緒に居られるだろ?」 

ヒナタ「!」 

ナルト「オレはもうヒナタに悲しい思いはさせねぇ。 
    オレが絶対お前を幸せにしてやるって、今まで以上にそう決めたんだ!」 

強い言葉とまっすぐな目でそう言うナルト。 
ヒナタはそれをとても嬉しく感じた。 
しかし……ヒナタの返事は決まっていた。 

ヒナタ「ありがとう、ナルトくん……。でも、いいの」 

ナルト「え……」

ヒナタの答えにほんの一瞬、ナルトは狼狽えた。 
しかしヒナタはしっかりとナルトの目を見据え、 

ヒナタ「火影になるためには、任務も頑張らなきゃ。 
   私は、ナルトくんの夢の邪魔はしたくない」 

ナルト「!」 

ヒナタ「ナルトくんが居ないと寂しいのは本当だよ。 
   でも私のせいでナルトくんの夢が遠のくのは、もっと嫌。 
   ナルトくんにとって大切なものは、私にとっても大切だもの」 

ナルト「でも、ヒナタ……」 

ナルトの言葉を遮るように、ヒナタはそっと、ナルトに抱きついた。 
そして胸に顔をうずめ、言った。 

ヒナタ「だけど、一緒に居る時は……甘えさせてね。 
    こうやってくっついたり、お話したり……たくさん、たくさん」

ナルト「あ……あぁ! もちろんだってばよ!!」 

この程度のスキンシップは日常的に行ってきたが、 
こうもはっきりと甘えられるのは慣れていないのか、ナルトも少し顔が赤くなっていた。 
と、ヒナタが胸元からナルトの顔を見上げる。 

ヒナタ「ねぇ、ナルトくん……。サクラさんの目にゴミが入った時、 
    どんな風にやったんだっけ」 

ナルト「えっ? あ、あぁ、だからこんな感じで、顔を挟んで……」 

ヒナタ「……サクラさんにこうしたのは、目のゴミを見るため、だよね」 

ナルト「もちろん! そうだってばよ!」 

あの時と同じように、また状況を再現するナルト。 
そしてヒナタの問いにナルトが答えたのと同時に……ヒナタは、目を閉じた。

『サクラさんにこうしたのは、目のゴミを見るためだよね?』 
『でも私にこうするのは、目のゴミのためなんかじゃ、ないよね?』 

……そんな、初めて見せるヒナタのほんの少しの『ワガママ』。 
それをナルトは、喜んで受け入れた。 
顔を寄せ、距離が近付き、そして…… 

ナルト「……オレがこうするのは、お前だけだ。ヒナタ」 

ヒナタ「うん……」 

ナルト「ははっ……なんか、照れちまったってばよ! 
    キスなんかいっつもしてんのに……ヒナタからねだられたの初めてだからな!」

顔を赤くして頭を掻くナルト。 
そしてヒナタも、頬を染めて目を伏せた。 

ヒナタ「きっとこれから、その……私からのおねだり、増えると思うけど……」 

ナルト「あぁ! オレからすりゃ大歓迎だ! どんどん来い!」 

ヒナタ「……うんっ。だからナルトくんも、遠慮しないで言いたいことがあったら言ってね?」 

ナルト「おう、もうお互い要らねぇ遠慮はなしだぜ!」 

ヒナタ「あ……あのね、ナルトくん。さ、早速なんだけど、お願いがあるの……」 

ナルト「なんだ? なんでも言ってくれってばよ!」 

ヒナタ「えっと、ね。私……」

・ 
・ 
・ 
テンテン「あらっ? ナルト、ヒナタ! なんか久しぶりね」 

リー「お久しぶりです!」 

ナルト「よっ、テンテンにゲジマユ!」 

ヒナタ「こんにちは。お二人はどこかへお買い物ですか?」 

テンテン「まぁね。とは言っても私の忍具が中心だけど。 
     結構量が多いし、リーに修行も兼ねて荷物を持ってもらおうと思って」 

リー「ちょうど自分の修行が一段落したところでしたので、渡りに船でした! 
   ナルトくんたちはお散歩ですか? それともお買い物でしょうか」

テンテン「まったく、分かってないわねぇリー。 
     こういうのは散歩でも買い物でも、どっちもデートって言うのよ」 

リー「なるほどデートですか! 素晴らしい、青春ですね!!」 

ナルト「そういう君たちこそ、デートじゃないのかねー?」 

テンテン「あははっ、冗談! 言ったでしょ、私は買い物、リーは修行……。 
     って、あれっ? ヒナタそれどうしたの、可愛いの付けちゃって」 

ヒナタ「あ……は、はい」 

テンテン「んっ。ははーん、さてはその反応……ナルトに買ってもらったのね!」 

ナルト「へへっ……まぁな!」

リー「選んだのはナルトくんですか? 
   さすが恋人に選んでもらっただけあって、よくお似合いですよ!」 

ヒナタ「あ、ありがとうございますっ」 

テンテン(あーあー嬉しそうな顔しちゃって……ふふっ) 

テンテン「それじゃ、二人の邪魔しちゃ悪いから私たちはもう行くわ」 

リー「失礼します! お二人共、お幸せに!」 

ナルト「おう、じゃあな!」 

ヒナタ「さようなら」

別れを告げて、四人はそれぞれまた歩き始める。 
ナルトとヒナタはそのまま家へ向かい、そして帰宅した。 

ヒナタは自室に入って、カバンを下ろす。 
次に鏡に向かう。 
思わずじっと、鏡を見つめ続ける。 
そして…… 

ナルト「なーにニヤけてんだってばよ!」 

ヒナタ「きゃっ! も、もうナルトくんってば」 

突然後ろから抱きついてきたナルト。 
ヒナタは驚いて声を上げ、イタズラを諌めるように言う。

しかしすぐに薄く笑い、そのまま少しじっとして…… 

ヒナタ「ねぇ、ナルトくん」 

ナルト「ん?」 

ヒナタ「これ……似合ってるかな?」 

鏡の中のナルトに、そう訊いた。 
そんなヒナタにナルトは一瞬呆けたような顔をしたが、 

ナルト「あぁ! すっげぇ似合ってるってばよ! なんせオレが選んだ奴だからな!!」 

ヒナタ「……うんっ」 

そう言ってヒナタは笑った。 
鏡に映ったその顔は、綺麗で、可愛くて、見ていて落ち着く…… 
見た者すべてを幸せにしてしまうような笑顔だった。 




  おしまい

バカップル化オチとどっちにしようか迷ったけど落ち着いた終わり方にしました。 
付き合ってくれた人ありがとう、お疲れ様でした。


転載元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1421318364/